M&A概観

【M&A価格算定の教科書】会社はいくらで売れる?EBITDA倍率と年買法(年倍法)の実務

中小企業のM&Aで使われる年買法とEBITDA倍率を、計算の構造から整理します。のれん代の年数や倍率が何によって上下するのか、企業価値と株主が実際に受け取る金額はどう違うのかを、交渉に入る前に確認する順番でまとめました。

公開 更新 カテゴリ M&A概観 読了目安 約7分

編集 M&A攻略ガイド編集部

財務資料を広げて企業価値と取引条件を検討するM&A担当者
企業資料と評価図を使ってM&A支援会社を比較する編集イラスト

この記事の前提

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中小企業の経営者・後継者など、M&Aや事業承継を検討している方
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この記事のテーマについて、自社の状況に当てはめて判断できる状態

「自分の会社は一体いくらで売れるのか」 M&Aを検討する経営者が最初に抱く疑問です。そして、この疑問に自分なりの答えを持たないまま交渉に入ると、提示された金額が高いのか安いのかを判断する基準がありません。

教科書的には「DCF法」などの複雑な計算式が登場しますが、日本の中小企業M&Aの実務現場では、もっとシンプルで納得感のある指標が使われています。それが**「年買法(時価純資産+営業権)」「EBITDA(イービットディーエー)倍率」**です。

この記事では、この2つの計算の構造と、価格を左右する数字が何によって上下するのかを整理します。覚えるべきは金額の水準ではなく、どこを動かせば価格が動くのかという関係のほうです。


1. 中小企業M&Aの王道「年買法(年倍法)」とは?

日本の中小企業M&Aで広く使われているのが「年買法(ねんばいほう)」です。会社の「今の資産」に「将来の稼ぐ力」を上乗せして価格を決める方法で、計算が単純なぶん、売り手と買い手の双方が根拠を確認しやすいという特徴があります。

計算式

M&A価格 = 修正純資産 + (実質営業利益 × 一定の年数)

この「実質営業利益 × 年数」の部分が、いわゆる「のれん代(営業権)」にあたります。

1. 修正純資産(今の価値)

決算書の「純資産」をそのまま使うのではありません。土地や建物、有価証券などを「時価」に直し、回収不能な売掛金や実態のない在庫を除外して計算し直したものが「修正純資産」です。節税のために利益を圧縮している場合や、役員借入金がある場合も、ここで調整を行います。

計算そのものの手順は企業価値の計算方法で扱っています。

2. 実質営業利益 × 年数(将来の価値)

「買収後、何年で投資を回収できるか」という見方を、金額に置き換えたものです。実質営業利益とは、役員報酬や役員生命保険料など、オーナー個人に紐づく費用と、一過性の損益を調整した後の利益を指します。

年数に決まった水準はありません。交渉で決まります。ここで重要なのは、年数が1年動けば、価格は実質営業利益1年分だけ動くという関係です。利益の大きい会社ほど、この交渉が金額に与える影響は大きくなります。

年数が短く見積もられるのは、利益が続くかどうかに不安がある場合です。

  • 売上の大半が社長個人の人脈や営業力で成り立っている
  • 取引先が1社に集中している
  • 直近の期だけ利益が出ており、その要因が一過性のもの
  • 主要な設備が更新時期に来ており、買収後すぐに投資が必要

逆に長く見積もられるのは、収益が続く根拠を示せる場合です。契約に基づく継続収入がある、取得の難しい許認可を持っている、経営者が抜けても回る組織になっている。いずれも「買い手が引き継いだ後も同じ利益が出るか」という一点に集約されます。


2. 世界標準のモノサシ「EBITDA倍率」とは?

ファンドや、規模の大きいM&Aで重視されるのが「EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)」を用いた評価手法です。

なぜ「営業利益」ではなく「EBITDA」なのか?

EBITDAは、ざっくり言えば「営業利益 + 減価償却費」です。

設備投資を積極的に行っている会社は、減価償却費が大きくなり、会計上の「営業利益」は低く見えてしまいます。しかし、減価償却費は実際にキャッシュ(現金)が出ていく費用ではありません。そのため、「会社が本来稼ぎ出すキャッシュフローの力」を、設備投資の多寡に左右されずに比べるために、EBITDAが使われます。

倍率は何によって動くのか

「企業価値(EV)はEBITDAの何倍」という形で表現しますが、この倍率に固定の水準はありません。買い手が何を前提に置いているかで変わります。倍率を動かすのは、主に次の3つです。

  • 利益の継続性 — 契約に基づいて毎月入ってくる収益なのか、都度の受注なのか。
  • 成長の見込み — 市場が伸びている分野か、価格競争に入っている分野か。
  • 買い手の資金調達コスト — 借入で買収する買い手にとって、金利が上がれば出せる金額は下がります。会社側が何も変わらなくても、外部環境で提示額が変わるのはこのためです。

同じ業種で同じEBITDAでも、買い手が変われば提示額は変わります。倍率の相場を先に決めて交渉に臨むより、自社のEBITDAを正確に出したうえで、提示された倍率がどの前提から出ているのかを聞くほうが実務的です。

「企業価値」と「株主が受け取る金額」は別物

もう一つ、混同しやすい点があります。EBITDA倍率で算出されるのは**企業価値(EV)**であって、株主が受け取る金額(株式価値)ではありません。

企業価値から有利子負債を差し引き、現預金を足し戻したものが株式価値です。借入の大きい会社ほど、この2つの差は開きます。「企業価値〇倍」という説明を受けたときは、それが手取りの話なのか、負債を含んだ話なのかを最初に確認してください。年買法との比較で数字が合わないときは、たいていここがずれています。


3. 「のれん代」はどう決まる?高く評価される会社の条件

年買法の年数も、EBITDAの倍率も、最終的には買い手との交渉と、会社の「見えない資産(無形資産)」の評価で決まります。

評価が上がる会社には、共通点があります。

  1. 社長がいなくても回る仕組みがある 「社長のカリスマ性」だけで売上を作っている会社は、M&Aにおいてはリスクとみなされ、評価が下がります。権限委譲が進んでいる会社は高く評価されます。
  2. 独自の技術・許認可・特許がある 新規参入障壁が高い業界や、取得に時間のかかる許認可を持っている場合、その「時間」を買うという意味で価格に反映されます。
  3. ストック型の収益源がある 毎月安定して入ってくる売上(契約)がある会社は、将来予測が立てやすいため、買い手は高い金額を提示しやすくなります。

逆に、評価を押し下げる要素も同じ数だけあります。

  1. 売上が特定の1社に集中している その1社が離れたら成り立たないなら、買い手はその分を割り引きます。
  2. 簿外の債務が疑われる 未払いの残業代、退職金の引当不足、係争。調査で見つかると価格の引き下げ交渉になり、隠していたと判断されれば破談になります。事前の整理はデューデリジェンスの準備資料で扱っています。
  3. 資料が整理されていない 数字の裏付けを出せないと、買い手は安全側に見積もります。整理されていないこと自体が、価格を下げる理由になります。

4. 【注意点】DCF法は中小企業には向かない?

大企業のM&Aやファイナンスの教科書では「DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)」が正解とされます。これは将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて計算する方法です。

しかし、中小企業のM&A現場でDCF法がメインで使われることは多くありません。理由はシンプルで、「数年先の事業計画の精度を裏付けられないから」です。前提を少し変えるだけで結論が大きく動く計算方法は、交渉の共通の土台になりにくいのです。

そのぶん、手堅い「純資産」と直近の「実績(利益)」をベースにした年買法のほうが、売り手・買い手双方にとって納得感を作りやすくなります。DCF法が出てくるとすれば、成長投資の途中にあり、直近の利益では実力を表せない会社の場合です。その場合も、前提となる事業計画をどこまで説明できるかが勝負になります。


次にやること

会社の値段は、一つの計算式だけで決まるものではありません。ベースになる価格(修正純資産+利益の評価)に、交渉材料(独自の強み、組織力、将来性)が乗る構造です。

価格の話に入る前に、次の3つを自分で出してください。

  1. 修正純資産 — 資産を時価に直し、回収見込みのない売掛金や実態のない在庫を落とした後の金額です。
  2. 実質営業利益(およびEBITDA) — 役員報酬、オーナー個人に紐づく費用、一過性の損益を戻した後の利益。減価償却費を足せばEBITDAになります。
  3. 有利子負債と現預金の残高 — 企業価値と株式価値の差を自分で計算するために必要です。ここを押さえていないと、提示された金額の意味を取り違えます。

この3つが手元にあれば、提示された金額に対して「その前提は何ですか」と聞けます。逆に3つがないまま交渉に入ると、相手が出した数字を出発点に考えるしかなくなります。

そして、譲渡価格がそのまま手元に残るわけではありません。仲介手数料と税金を差し引いた後の金額が実際の手取りです。手数料がどう決まるかはレーマン方式と手数料の内訳で整理しています。手数料の額は、相手探しから一括で任せるのか、自分で相手を探して実務だけ頼むのかという依頼範囲でも変わります。この2つの構造の違いはM&A仲介会社とプラットフォームはどっちが得?手数料と向き不向きを比較で扱っています。買い手に伝える資料の書き方はノンネームシートの書き方で扱っています。