M&A基礎知識

ノンネームシート(案件概要書)の書き方|買い手が見ている3点

M&Aプラットフォームに登録しても問い合わせが来ないとき、最初に見直すのはノンネームシートです。買い手が判断に使う3つの要素と、抽象的な言葉を数えられる事実に置き換える手順、匿名性を保ちながら魅力を伝える線の引き方を整理します。

公開 更新 カテゴリ M&A基礎知識 読了目安 約11分

編集 M&A攻略ガイド編集部

ノンネームシート(案件概要書)の書き方|買い手が見ている3点について、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
準備から契約までM&Aの手順を並べた編集イラスト

この記事の前提

想定読者
中小企業の経営者・後継者など、M&Aや事業承継を検討している方
読了後の状態
この記事のテーマについて、自社の状況に当てはめて判断できる状態

M&Aプラットフォームに事業を登録して数週間、閲覧数だけは積み上がっているのに、実名開示の請求が一件も届かない。この段階で価格や業種を疑う前に見直す対象は、買い手がその時点で見ている唯一の資料、つまりノンネームシートです。

ノンネームシートは、社名や所在地を伏せたまま公開される事業概要です。買い手は同じ画面に並んだ何十件もの案件を上から流し読みし、この一枚だけを材料に「実名を聞いてまで検討を進めるか」を決めます。事業の中身が評価されるのはその先の工程なので、ここで判断材料が足りなければ、中身を見てもらえないまま終わります。

やっかいなのは、書き手が自社を知りすぎていることです。自分にとって当たり前になっている条件ほど、強みとして書き漏らします。ここでは、買い手が実際に見ている要素と、抽象的な言葉を検証できる事実に置き換える手順を整理します。掲載先をプラットフォームにするか仲介会社に任せるかという前段の判断は、プラットフォームと仲介会社の比較で扱っています。


1. ノンネームシート(案件概要書)とは何か

ノンネームシート(別名:ティーザー、案件概要書)とは、M&Aプラットフォーム上などで公開される、企業名や住所といった特定につながる情報を伏せた状態の事業概要資料のことです。

買い手は、数多くの案件の中から、まずこのノンネームシートだけを見て「この会社に興味があるか」「実名を知って、もっと詳細な検討に進みたいか」を判断します。

この一枚には、逆を向いた2つの役割がある

ノンネームシートには、方向が逆の要求が同時にかかります。

  • 魅力を伝える — 具体的に書くほど伝わります。
  • 特定されない — 具体的に書くほど絞り込まれます。

業種、地域、規模の3つが揃うと、同業であればおおよその見当がつきます。どこまで書けば特定されるかは会社ごとに違うので、書き始める前に「この3つのうち、どれをぼかすか」を決めておきます。地域を都道府県から地方ブロックに広げる、売上を幅で示す、といった調整のどちらか一方でも、絞り込みの難易度は大きく変わります。

一度外に出た情報は戻せません。譲渡を検討しているという事実が従業員や取引先に伝わったときに何が起きるかは、掲載を始める前に想定しておく必要があります。

買い手が読む順番を知っておく

買い手は上から順に読んでいるわけではありません。まず業種と規模で自社の対象かどうかを判断し、次に譲渡理由を見て、最後に希望条件を見ます。この順番のどこかで引っかかった時点で離脱します。

裏を返せば、書き直して効果が出るのもこの3か所です。ここで「暗い」「情報が足りない」「条件が合わない」と判断されると、事業そのものがどれだけ良くても、実名交渉まで進む可能性は大きく下がります。


2. 買い手はここを見ている!問い合わせが増える3つの鉄則ポイント

では、買い手(買収を検討している企業や個人)は、ノンネームシートのどこを見て判断しているのでしょうか。押さえる点は次の3つです。

鉄則①:「譲渡理由」は隠さず、前を向いた書き方にする

買い手が最も警戒するのは「何か隠れた問題があるから手放すのではないか」という点です。「業績不振のため」「経営に疲れたため」といったネガティブすぎる理由は、そのまま書くと敬遠されます。嘘をつくのはNGですが、事実の中のどこに焦点を当てるかは選べます。

  • × ネガティブな例: 売上が下がってきて、資金繰りが厳しいため。
  • 〇 書き換えた例: 主力事業への「選択と集中」のため、ノンコア事業である本事業を譲渡します。(※実際に他に事業がある場合)
  • 〇 書き換えた例: 後継者不在のため、自社の技術リソースを活用し、さらなる成長を実現してくれるパートナー企業様への譲渡を希望します。

書き換えの条件は一つだけで、書いた内容がデューデリジェンスの段階で覆らないことです。ここで書いた理由と、後から出てくる決算書や契約書の内容が食い違うと、価格ではなく信用の問題になります。

鉄則②:「強み」は抽象語ではなく、数えられる事実で書く

「アットホームな職場です」「お客様に愛されています」といった表現は、M&Aの場では評価につながりません。買い手は投資家の目線で、その強みが自分の手元でも再現できるかを見ています。再現できるかどうかを判断するには、検証できる事実が要ります。

  • × 抽象的な例: 質の高いサービスを提供しており、リピーターが多いです。
  • 〇 書き換えの型: 継続して取引している顧客の数と、その取引が何年続いているかを書く。そのうえで、続いている理由(納期、技術、立地、資格など、他社が真似しにくい条件)を一行添える。

数字を出す先は、自社の帳簿と契約書です。売上、粗利率、取引社数、継続年数、従業員数と平均勤続年数、稼働率。どれも社内の資料から出せます。

一方で、「地域No.1」「業界トップクラス」「シェア〇%」といった順位やシェアの表現は、根拠となる調査を示せない限り書かないでください。買い手は根拠を尋ねてきますし、答えられなければ、他の記述の信頼性まで一緒に下がります。同じ内容は「〇〇の分野で〇年以上、同じ取引先との契約が続いている」のように、自社の記録で裏が取れる書き方に置き換えられます。

鉄則③:「希望条件」は、自分で出した目安と突き合わせてから書く

どんなに良い案件でも、希望譲渡価格が市場の水準からかけ離れて高いと、買い手は「この経営者は相場を知らない。交渉が難航しそうだ」と判断し、そもそも問い合わせてきません。

先に、自社で価格の目安を出しておきます。修正純資産と、役員報酬などを調整した後の実質的な利益。この2つが出ていれば、提示された金額が高いのか安いのかを自分で判断できます。計算の手順は企業価値の計算方法で整理しています。

プラットフォームによっては、登録時に簡易査定の機能を用意している場合があります。自社で出した目安と大きく離れていないかを確かめる用途には使えますが、査定額は売却価格を保証するものではありません。数字が食い違ったときは、どちらが正しいかではなく、何を前提にした計算なのかを確認します。


3. 【記入例で比較】伝わらない書き方と、伝わる書き方(製造業の場合)

以下は、金属部品の加工業を想定して作成した記入例です。実在の企業の数値ではありません。〔 〕の部分に、自社の資料から出した数字と固有名詞を入れて使ってください。

【伝わらない例】問い合わせが来ない書き方

■事業概要 関東で金属加工業を営んでいます。長年の実績があり、固定客も多いです。熟練の職人が在籍しており、技術力には自信があります。後継者不在のため譲渡を希望します。 ■アピールポイント アットホームな社風で離職率が低いです。 大手企業との取引実績もあります。 機械設備も一通り揃っています。

<なぜ伝わらないのか>

  • すべてが自己評価で書かれている: 「長年の実績」「技術力に自信」「大手との取引」。耳触りは良いのですが、買い手が検証できる事実が一つもありません。書いていないのと同じ扱いになります。
  • 同業との違いが分からない: 短納期対応なのか、特殊素材の加工なのか。何が他社にできないのかが書かれていないため、買い手は自社の事業と組み合わせた場面を想像できません。
  • 設備の記述が判断材料にならない: 「一通り揃っています」では、買収後にすぐ追加投資が必要なのかどうかが読めません。買い手にとって、これは価格に直結する情報です。
抽象的な説明だけの案件概要と、売上・利益・強み・顧客数を具体的に示した案件概要を比較する図

【伝わる例】同じ会社を、検証できる形に書き直す

■事業概要 〔特定されない広さの地域〕に拠点を置く、創業〔年数〕年の金属プレス加工・板金加工メーカーです。〔納入先の業界〕向けの部品を、試作から量産まで手掛けています。

【主要財務数値(直近期)】 売上高:〔直近期の実額〕 営業利益(実質):〔役員報酬や役員生命保険料など、オーナー個人に紐づく費用を調整した後の額〕 純資産:〔資産を時価に直し、回収見込みのない売掛金を除いた後の額〕

■アピールポイント(強み・特徴) 1.顧客基盤 〔取引社数〕社との継続取引があり、上位〔社数〕社で売上の〔割合〕を占めます。〔特定の1社への依存度と、それをどう評価しているか〕。 2.技術力と設備 〔他社が受けたがらない加工の名称〕に対応できることが、〔粗利率など、収益に表れている数字〕につながっています。主要設備は〔導入年と保守の状況〕で、譲渡後の追加投資は〔時期と概算〕を見込んでいます。 3.技術承継の体制 〔従業員数と平均年齢〕。勤続〔年数〕以上の熟練工が〔人数〕名在籍し、〔技術指導の具体的な仕組み〕を行っています。譲渡後の引き継ぎは〔期間と関与の形〕で対応可能です。

■譲渡理由と、想定されるシナジー 〔経営者の年齢と、後継者がいない事情〕による事業承継が目的です。〔自社の技術〕と、〔買い手側に想定する営業力や資本力〕を組み合わせた場合、〔既存顧客への深耕、新分野への進出など、具体的な展開〕が見込めます。

<ここが違う>

  • 数字が入っている: 売上、利益、創業年数、取引社数、従業員の状況。事業の規模と実態が一目で分かるため、買い手は自社の基準と突き合わせられます。
  • 「なぜ強いのか」が書かれている: 「技術力がある」ではなく「他社が受けない加工ができ、それが粗利率に表れている」。強みと数字が因果でつながっていると、買収後も続くかどうかを判断できます。
  • 不利な情報も先に出している: 「上位数社で売上の大半を占める」という顧客集中は、どのみちデューデリジェンスで出てきます。先に書いて評価を添えておくほうが、後から発覚するより価格への影響は小さくなります。
  • 買い手にとっての使い道が書かれている: 譲渡後にその事業をどう使えるかまで書かれていると、事業会社の買い手が検討を始めやすくなります。

各スロットで説得力を左右するのは、金額の大きさではなく、その数字がどこから出たかを説明できるかどうかです。売上は試算表、取引社数は請求先の一覧、勤続年数は賃金台帳。出どころを言えない数字は、書かないほうが安全です。

精密金属加工メーカーの案件概要書に、売上高、営業利益、加工技術、顧客基盤を具体的に記載した例

同じ会社の紹介でも、書き方が変わればこれだけ印象が変わります。買い手が探しているのは、良い会社という感想ではなく、検討を先に進めるだけの材料が揃っている案件です。

ノンネームシートに記載するポジティブな譲渡理由、具体的な強みと数字、適正な希望条件の3要素を示した図

4. 自分で書けないとき、どこまで人に頼めるか

自社の事業を買い手の目線で棚卸しする作業は、思っているより難しいものです。社内で当たり前になっている条件ほど、強みとして認識されません。

外部に頼む前に、まず社内の誰かに読んでもらうところから始めます。事業の細部を知らない相手が読んで、「何をしている会社で、どこが他と違うのか」を口頭で言い直せなければ、買い手にも伝わっていません。

そのうえで外部に頼む場合、依頼先によって引き受けてもらえる範囲が違います。

  • M&Aプラットフォームの登録サポート — ヒアリングをもとに掲載文を作成する機能を用意しているところがあります。無料の付帯サービスの場合と、有料オプションの場合があります。掲載先の様式に沿って整うぶん見栄えは良くなりますが、価格の妥当性まで踏み込むかどうかは別に確認が必要です。
  • M&A仲介会社・FA — アドバイザリー契約の業務範囲に資料の作成が含まれるのが通常です。契約前のどの段階まで無償なのか、作成した資料をどこまで自社の判断で修正できるのかを、契約書で確認します。依頼先の選び分けは仲介手数料と依頼先の選び方で整理しています。
  • 認定経営革新等支援機関や、事業承継の公的窓口 — 経営改善や事業承継の相談の一環として、自社の状況を整理する支援を受けられる枠組みがあります。M&Aの実務そのものをどこまで担うかは機関ごとに違うため、対応範囲を最初に聞いてください。なお、認定経営革新等支援機関と、国のM&A支援機関登録制度は別の枠組みです。
  • 税理士・会計事務所 — 実質営業利益の調整や、純資産を時価に直す作業は、日常的に決算書を見ている相手のほうが早く終わります。

費用をかけるかどうかを決めるときは、「その費用で何が変わるか」を先に確認します。掲載文が整うことと、買い手からの問い合わせが増えることは別の話です。

そして、作成そのものを人に頼む場合でも、譲渡理由と、譲れない条件(雇用の維持、屋号の存続、引き継ぎ期間の上限など)だけは自分の言葉で決めておいてください。ここを他人に任せると、交渉が始まってから判断がぶれます。


次にやること

掲載文に手を入れる前に、次の3つを済ませてください。

  1. 調整後の営業利益を出す。 役員報酬、オーナー個人に紐づく保険料、一過性の損益を戻した数字です。これが決まらないと、強みの説明も希望価格も書けません。
  2. 書くと特定される項目に、先に線を引く。 地域の粒度、業種の細かさ、取引先名、設備の型番。ぼかす項目とぼかし方を決めてから書き始めます。書いた後で消しても、閲覧された分は戻りません。
  3. 事業を知らない相手に読ませて、口頭で説明し直してもらう。 相手の説明が自社の認識とずれたところが、書き直す場所です。

掲載しても反応が乏しい状態が続く場合、原因が掲載文だけとは限りません。そもそも見ている買い手の層が違う可能性があります。どの経路にどんな買い手がいるかは買い手を探す5つの経路で比べています。掲載文を三度書き直しても動かないときは、経路のほうを疑ってください。