M&A基礎知識

事業承継の3つの選択肢|親族・従業員・第三者で何が違うか

親族内承継、従業員承継(MBO・EBO)、第三者へのM&A。三つの承継先は、株式の代金を誰が用意するか、個人保証が誰に移るか、決断までにどれだけ時間がかかるかで性質が変わります。判断軸ごとに並べ、自社が今どれを検討できる状態かを確かめます。

公開 更新 カテゴリ M&A基礎知識 読了目安 約9分

編集 M&A攻略ガイド編集部

事業承継の3つの選択肢|親族・従業員・第三者で何が違うかについて、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
準備から契約までM&Aの手順を並べた編集イラスト

この記事の前提

想定読者
後継者をまだ決めていない中小企業の経営者と、承継先の候補として名前が挙がっている家族・役員の方
読了後の状態
三つの承継先の違いを資金・個人保証・時間の軸で説明でき、自社が今どれを検討できる状態にあるかを判断できる

金融機関の担当者から「そろそろ後継のお話も」と切り出される。あるいは顧問税理士から「株の移し方は早めに決めたほうがいい」と言われる。そこで初めて、誰に会社を渡すのかを具体的に考え始めることになります。

このとき、「息子に継がせるか、社員に任せるか、それとも第三者に譲るか」を気持ちの問題として立てると、答えが出ないまま数年が過ぎます。三つの選択肢は、好みや情の問題ではなく、株式の代金を誰が用意するかという一点で進み方がまったく変わるからです。ここが違うと、必要な準備も、決断から実行までの時間も、途中で止まる場所も変わります。

以下では、親族内承継・従業員承継(MBO・EBO)・第三者へのM&Aを、資金、個人保証、時間という同じ軸で並べます。どれが優れているかを決める記事ではありません。自社が今どれを検討できる状態にあるかを確かめるための整理です。

比べる前に、手元で確定させる4つの数字

三つを比較しても意味が出ないのは、次の4つが分からないまま議論しているときです。逆にこれが分かっていれば、選択肢は自然に絞られます。

  1. 議決権の分布 — 株主名簿を出して、誰が何株持っているかを確認します。相続で親族に分散している、退職した役員の名義が残っている、名義株がある。このどれかがあると、承継先が誰であっても株式を集約する作業が先に来ます。
  2. 借入残高と、保証・担保の中身 — 金融機関ごとに、残高と、保証契約の種類(特定の借入だけの保証か、限度額を定めた根保証か)を書き出します。承継の設計はここに引きずられます。
  3. 会社と社長個人が混ざっている部分 — 社長個人への貸付金や借入金、社長名義の土地建物を会社が使っている状態、個人名義の契約や口座。これは金額の問題ではなく、承継のどのルートでも整理を求められる項目です。
  4. 退任したい時期 — 「体力が続く限り」では逆算ができません。年を決めると、選べるルートが変わります。

この4つが埋まらないうちに承継先を決めても、後で前提が崩れて決め直しになります。

親族内承継で止まるのは、気持ちではなく資金と株式です

親族に継がせる場合、事業の内容や取引先との関係は引き継ぎやすく、社内の納得も得やすいのが利点です。詰まるのは、株式をどう移すかという一点です。

移し方は、有償で譲る(後継者が買い取る)、生前に贈与する、相続で移す、の三つに大きく分かれます。後継者に買取資金がないという理由で贈与や相続に寄せると、今度は他の相続人との配分の問題が出てきます。株式が会社の財産の大部分を占めている場合、後継者に株を集めると他の相続人の取り分が薄くなり、遺留分をめぐる争いにつながります。事業と関係のない親族が、承継後に株主として残ってしまうこともあります。

税制については、非上場株式の贈与・相続に関する納税猶予の枠組み(いわゆる事業承継税制)が用意されています。ただし適用の要件、手続きの期限、その後の継続要件は制度改正の影響を受けます。2026年8月時点で自社が使えるかどうかは、国税庁が公表している制度の説明と、顧問税理士への確認で判断してください。この記事は個別の税務判断を扱いません。

出典:国税庁「法人版事業承継税制」 https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/houjin.htm

出典:国税庁 タックスアンサー No.4148「非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4148.htm

出典:国税庁 タックスアンサー No.4439「非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4439.htm

個人保証は、現経営者の保証を外して後継者が新たに負う形になるのが一般的です。金融機関の判断によっては、前経営者と後継者の両方が保証人として残る扱いになることもあります。この点は選択肢を問わず効いてくるので、個人保証を外す手順を先に押さえておくと、どのルートでも交渉の材料になります。

従業員承継(MBO・EBO)で止まるのは、資金調達と保証です

役員や従業員が株式を買い取って経営者になる形です。MBOは経営陣による買収、EBOは従業員による買収を指します。事業の中身を分かっている人が引き継ぐため、取引先や現場の混乱は小さく済みます。

最大の壁は、後継者個人に株式を買う資金がないことです。利益を積み上げ、内部留保が厚くなっている会社ほど株式の評価額は上がり、役員報酬の蓄えで賄える範囲を超えていきます。実務では、後継者が持株会社を設立して金融機関から借り入れ、その資金で株式を買い取る形が取られます。

ここで検算しておくべきなのは、その借入の返済原資です。返済は買収後の事業のキャッシュフローから出ていきます。今の利益水準で返済と設備投資の両方を賄えるのか、賄えないならどの期間で無理が来るのかを、譲る側が先に計算しておく必要があります。譲渡価格を下げれば後継者は楽になりますが、それは現経営者の手取りが減るという意味でもあります。この二つは同じ問題の裏表です。

金融機関から見ると、承継後の与信の見方も変わります。これまではオーナー個人の資産が実質的な裏付けになっていたのが、承継後は後継者個人の資力に置き換わるためです。個人保証も後継者個人が引き受けることになり、それを家族が受け入れられるかという話になります。「会社は継ぎたいが保証は負いたくない」というところで話が止まることがあります。これを後継者候補の覚悟の問題として扱うと先へ進みません。条件設計の問題として扱うべきものです。

社内の人間関係も判断軸に入ります。誰を後継者にするかを決めた時点で、選ばれなかった役員が離職することがあります。承継の発表順序と、その後の役割分担を先に決めておかないと、承継そのものは成立しても組織が痩せます。

第三者へのM&Aで止まるのは、相手探しと情報の管理です

第三者に譲る場合、株式の代金は買い手が用意します。譲る側で資金を工面する必要がないという点で、前の二つと構造がまったく違います。後継者不在という問題に対して、資金の問題を持ち込まずに答えを出せるのがこのルートの強みです。

その代わり、条件は交渉で決まります。譲渡価格も、従業員の雇用の扱いも、社名を残すかどうかも、自分だけでは決められません。買い手が現れなければ話自体が始まらず、評価が低ければ希望額に届きません。

進め方は、相手探しから最終契約までいくつもの工程に分かれます。全体像と各工程の期間はM&Aの流れと期間で整理しています。譲渡の方法として株式譲渡と事業譲渡のどちらを取るかで、従業員や許認可の扱い、手取りの計算がまるごと変わるため、株式譲渡と事業譲渡の違いも検討の早い段階で読んでおくと判断が速くなります。

情報の管理は、このルートに特有の負荷です。検討していること自体が社内や取引先に漏れると、成立する前にキーマンが辞めたり、取引条件を見直されたりします。誰にいつ伝えるかを決めずに動き出すと、この点で取り返しがつかなくなります。

三つの承継先を判断軸で並べる

同じ軸で見ると、違いは次のようになります。

判断軸 親族内承継 従業員承継(MBO・EBO) 第三者へのM&A
株式の代金を誰が用意するか 後継者本人。資金がなければ贈与や相続に寄せることになり、他の相続人との配分調整が必要になる 後継者個人、または後継者が設立した持株会社。金融機関からの借入に依存しやすく、返済原資は買収後の事業収益 買い手。譲る側で資金を用意する必要がない。三つの中でここだけ構造が違う
個人保証がどう動くか 現経営者の保証を外し、後継者が新たに負う形になりやすい。金融機関の判断によっては両方が残ることもある 同じく後継者個人に移る。オーナー個人の資産という裏付けが薄くなるため、条件の交渉が要る 買い手企業の信用で借換えや保証の差し替えができる場合が多い。ただし自動ではなく金融機関の同意が前提
現経営者の手元に残るもの 有償で譲れば代金が入る。贈与なら現金は入らず、退職慰労金の設計が別途必要になる 有償譲渡が基本だが、後継者が調達できる金額が実質的な上限になる 交渉で決まる譲渡対価。買い手の評価次第で上下し、事前に確定しない
決断から実行までの時間 数年単位。後継者の育成と株式の移転を並行させるため 資金調達の組み立てに時間がかかり、金融機関の判断が出るまで確定しない 準備が整っていれば半年から1年程度。ただし相手が見つからなければ延びる
途中で止まりやすい場所 後継者本人の意思と、他の相続人との配分 後継者が借入と個人保証を引き受けられるかどうか 買い手が現れるか、条件が折り合うか
決めた後に残る人間関係 家族の中に残る。断られた側の感情も残り続ける 社内に残る。選ばれなかった役員が離職することがある 社外に出る。ただし引継ぎ期間中は買い手との関係が続く

表の中で唯一「譲る側の資金の問題が発生しない」列が第三者へのM&Aです。裏返すと、親族内承継と従業員承継は、承継先の候補が納得していても、資金の目処が立たなければ成立しません。候補者の意思確認より先に、資金の設計を見たほうが早く結論が出ます。

一つに絞らず、並行して検討してよい理由

三つのうちどれかに決めてから動く必要はありません。むしろ、親族と従業員に打診しないまま第三者への譲渡を進めると、後から「なぜ相談しなかったのか」という話が出て、社内が割れます。

ただし、打診には順序があります。基準は「断られたときに、その事実がどこまで広がるか」です。家族への相談は家庭の中で止まります。社内の役員への打診は社内に残ります。第三者への打診は、秘密保持契約を結んでいても、社外に情報が出る可能性を作ります。戻れる順に打診していくと、途中で方針を変えても傷が浅く済みます。

もう一つ、並行して検討する実務上の利点があります。第三者に譲る場合の目安価格を先に把握しておくと、親族や従業員へ譲るときの価格の根拠になります。身内だからという理由だけで安く譲ると、他の相続人や税務の観点で説明が必要になります。逆に高く設定すれば後継者が資金を組めません。外部の相場観は、身内への承継でも判断材料として使えます。この相場観は、マッチングプラットフォームに掲載されている案件の条件と価格から見当をつけられます。取り方と、仲介会社に依頼する場合との費用の違いはM&A仲介会社とプラットフォームの比較で整理しています。

退任時期から逆算すると、いつ動き出すことになるか

決めた退任時期から逆算すると、動き出す時期が出ます。親族内承継は、後継者の育成期間と株式の移転を並行させるため数年単位です。従業員承継も、資金調達の組み立てと金融機関の判断を待つ工程が入るので年単位で見ておく必要があります。第三者へのM&Aは、検討開始から成約まで半年から1年程度が一つの目安です。

ただし、この期間はいずれも「準備が済んでいれば」の話です。株主名簿が整理されていない、社長個人と会社の資産が混ざっている、決算書から実態の収益力が読み取れない。この状態から始める場合は、整理に要する期間が前に付きます。株式の集約や個人資産の分離は、数期分の決算をまたいで初めて形になるものもあります。

つまり、承継先を決めることと、承継できる状態を作ることは別の作業です。先に着手できるのは後者で、しかもこちらはどの選択肢を選んでも無駄になりません。

次にやること

承継先の候補に声をかける前に、次の2つを済ませてください。

  1. 株主名簿を出して、議決権の分布を1枚に書き出す — 現在の株主、株数、連絡が取れるかどうか、定款に譲渡制限があるかまで確認します。分散していれば、どの選択肢を選んでも集約が最初の工程になります。
  2. 金融機関ごとに、借入残高と保証契約の内容を書き出す — 保証がどの借入に、どの範囲でかかっているかを契約書の写しで確認します。ここが分からないと、後継者に何を引き継がせるのかを説明できません。

この2つが手元にあれば、家族にも役員にも金融機関にも、同じ資料で話ができます。逆にこれがないまま候補者に打診すると、相手は「継いだ後に何を背負うのか」が分からないまま返事を求められることになり、断られる確率が上がります。

参考:事業承継の制度・支援策については、中小企業庁が公表している事業承継関連の資料および各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターで確認できます。制度の内容は改正されるため、検討時点の情報を確認してください。