リスクと詐欺対策
経営者保証を外す手順|譲渡と同時に解除する段取り
会社を譲っても、経営者個人の連帯保証は自動では消えません。経営者保証に関するガイドラインの枠組み、金融機関に何をいつ聞くか、クロージングと同時に解除する設計、そして解除できない場合に契約へ書いておく手当てを順に整理します。
この記事の前提
- 想定読者
- 銀行借入に個人保証を差し入れており、会社の譲渡や承継に伴って保証を外したい中小企業の経営者
- 読了後の状態
- 保証解除の判断が誰の手にあるかを理解し、金融機関への確認事項と契約への書き込みを自分で設計できる
株式譲渡契約書のドラフトが届き、連帯保証の条項を開くと、「買主は、売主の連帯保証の解除に向けて誠実に協議するものとする」とだけ書かれている。譲渡日は3か月後。この文言で保証が外れるのかどうかが分からない。
この状態は珍しくありません。そして、この一文だけでは保証は外れません。理由は単純で、保証を外す権限を持っているのが買い手ではないからです。
会社を譲れば借金のプレッシャーから解放される、というのは中小企業のM&Aで語られる代表的な利点です。実際にそうなる場合もありますが、それは自動的に起きるのではなく、段取りを組んだ結果として起きます。段取りを誰も組まなければ、会社は他人のものになり、保証だけが手元に残ります。
会社を譲っても、保証は自動では消えません
経営者保証(個人保証・連帯保証)は、会社の借入に対して経営者個人が金融機関と結んでいる契約です。契約の当事者は、経営者個人と金融機関の二者です。ここに買い手は入っていません。
株式を売れば、会社の持ち主は変わります。しかし保証契約の当事者は変わりません。株主が誰になろうと、金融機関から見れば「その借入を保証している個人」は変わっていないのです。したがって、保証を外すには金融機関が保証人から外すことに同意する必要があります。同意しない限り、契約書に何が書かれていても保証は残ります。
ここから、実務上の帰結が二つ出ます。
一つは、契約書の条項は買い手を縛るだけで、金融機関を縛らないということです。「買主の責任で解除する」と書いても、金融機関がそれに従う義務はありません。書く意味がないわけではなく、後述のとおり買い手に義務を課す形では効きますが、解除そのものを保証するものではありません。
もう一つは、交渉相手が二方向あるということです。買い手との交渉と、金融機関との交渉は別物です。買い手との条件がまとまっても、金融機関との話が終わっていなければ、譲渡は完了させられません。この二本を同時に進める必要があります。この並行を自分だけで抱えるのが難しい場合、交渉の段取りだけを切り出して外部に依頼する形もあります。依頼先の種類と、それぞれに頼める業務範囲は相手は自分で探し、交渉と契約だけ外部に頼む方法で整理しています。
なお、この構造を悪用して「保証は後で外します」と言いながら会社の資金だけを持ち出す手口が報告されています。手口の流れはM&A詐欺の手口で整理していますが、防ぎ方の核心は同じで、解除を後回しにしないという一点に尽きます。
経営者保証に関するガイドラインで何が示されているか
保証の扱いについては、「経営者保証に関するガイドライン」という枠組みがあります。中小企業と金融機関の間の取り扱いを整理した自主的なルールで、法律ではないため強制力はありません。金融機関が自発的に尊重することを前提にした枠組みだと理解しておくのが正確です。
このガイドラインでは、保証を求めない対応や、既存の保証の解除を検討する際に見られる要素として、大きく次の三つが挙げられています。
- 法人と経営者個人の資産・経理が明確に区分されていること — 会社の資金と社長個人の財布が行き来していない状態を指します。
- 財務基盤が強く、借入の返済が会社の収益から見込めること — 個人の資産を当てにしなくても返済できる状態かどうかです。
- 金融機関に対して、財務情報が適時適切に開示されていること — 決算後に一度説明して終わり、ではない状態を指します。
さらに、事業承継の場面については別途の取り扱いが示されており、前経営者と後継者の双方から保証を取る扱い(二重徴求)を原則としない方向が示されています。承継を機に前経営者の保証を外す相談は、この枠組みの上で行うことになります。
出典:経営者保証に関するガイドライン研究会(事務局:日本商工会議所・一般社団法人全国銀行協会)「経営者保証に関するガイドライン」「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」 https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/
これらは2026年8月時点の枠組みで、内容は改定されることがあります。ガイドライン本文と特則、Q&Aは上記のページで公開されているため、検討時点の版をそこで確認してください。自社に当てはめた判断は、実際に借入のある金融機関の担当者に確認してください。ガイドラインに沿っているかどうかを最終的に判断するのは各金融機関です。
交渉に入る前に、自社側で整えられること
ガイドラインの三要素は、そのまま自己点検の項目になります。ここを整えないまま「外してください」と頼んでも、判断材料がありません。
法人と個人の分離で確認するのは、社長個人への貸付金や社長からの借入金が貸借対照表に載っていないか、社長名義の土地建物を会社が使っているのに賃貸借契約書がないか、社用車や保険契約の名義と受取人が誰か、個人名義の口座で事業の入出金をしていないか、といった点です。これは金額の大小ではなく、区分されているという説明ができるかどうかの問題です。
情報開示は、頻度と内容の話です。決算の報告を年に一度行っているだけの状態から、月次または四半期の試算表を継続的に提出する状態へ変えると、開示の姿勢が実績として残ります。これは一度や二度では実績になりません。
返済原資の説明は、役員報酬や一過性の損益を調整した実態の収益力から、借入の返済がどれだけ賄えているかを示す作業です。
重要なのは、この三つがいずれも譲渡の直前に着手しても間に合わない種類の作業だという点です。特に個人と法人の分離は、数期分の決算をまたいで初めて形になります。承継先をまだ決めていない段階でも着手できる作業であり、承継先をどれに決めても無駄になりません。
金融機関にいつ、何を聞くか
タイミングには両側の失敗があります。早すぎると、金融機関側が「この会社は続かない」と受け取り、新規の融資や条件更新の姿勢が変わることがあります。遅すぎると、稟議が譲渡日までに終わりません。
実務上取りやすいのは、譲渡先が具体化して基本合意の目処が立った段階で、まず一般的な相談として持ち込む形です。この時点であれば、話が流れた場合でも「検討していたが進めなかった」で済みます。
相談の場で確認する項目は次のとおりです。書面で回答をもらえるものは書面で受け取ってください。
- 保証を解除できる可能性があるか。判断のためにどの資料が必要か
- 解除に条件が付くとすれば、何が条件になるか(後継者や買い手による新たな保証、担保の差し入れ、借換えなど)
- 判断が出るまでに要する期間。稟議はどの段階で回るのか
- 買い手や後継者について、金融機関としてどの情報を見たいか
- 取引金融機関が複数ある場合、他行の対応をどう見るか。一行だけ先に解除されることはあるか
- 解除された場合、その効力はいつ以降の債務に及ぶのか
あわせて、自社側で保証契約の中身を洗い出しておきます。特定の借入だけを保証しているのか、限度額と期間を定めた根保証なのかで、解除の意味が変わるためです。契約書の写しを取り寄せ、どの契約がどの借入にいくらの範囲でかかっているかを一覧にしておくと、話が具体的になります。
クロージングと同時に外す段取りを組む
目指す形は明確です。株式の引き渡し、代金の決済、保証の切り替えまたは借換えが、同じ日に完了する設計です。この三つがずれた分だけ、会社を支配していないのに保証だけ負っている期間が生まれます。
そのために契約書側でやることは、保証の解除をクロージングの前提条件(先行条件)に置くことです。前提条件とは、それが満たされなければ決済を実行しないという取り決めです。「誠実に協議する」という努力義務の文言と、「解除されない限り株式を引き渡さない」という前提条件は、効き方がまったく違います。
買い手が自社の信用で借換えを行う場合は、借換えの実行日と決済日を合わせます。借換えが実行されれば元の債務が消えるため、保証も消えます。この設計を取るときは、借換えの申込先と審査の進捗を、譲渡のスケジュールに組み込んで管理します。
現実的な注意点として、金融機関の稟議には時間がかかります。契約締結からクロージングまでに一定の期間を空けるのが通常であり、この期間は稟議のために使うものだと考えてください。逆に、契約と決済を同じ日にまとめようとする提案や、保証の解除を決済後に回そうとする提案が出てきた場合は、その理由を書面で確認してください。合理的な理由があることもありますが、この点を曖昧にしたまま進めることが最も損失の大きい失敗につながります。
解除できないとき、契約に何を書くか
すべての場合に解除できるわけではありません。解除できない、あるいは間に合わない場合に、契約側でどこまで手当てできるかを整理します。
| 解除できない理由 | 典型的な状況 | 契約でできる手当て | 手当てしても残るもの |
|---|---|---|---|
| 財務の要件を満たさない | 債務超過が続いている、返済原資が事業から出ていない | 解除を決済の前提条件に置き、満たされないなら実行しないと決めておく | 取引そのものが成立しない可能性。譲渡を進めるなら借換えなど別の設計が要る |
| 判断が決済日までに出ない | 稟議に時間がかかる、取引行が複数あり足並みがそろわない | 決済日を後ろにずらす条項と、期限までに解除されない場合の解除権を置く | 期間が延びるほど、業績や相手方の事情が変わる余地が生まれる |
| 買い手が借換え予定だが実行が後日になる | 買い手側の融資審査がクロージング後にずれ込む | 借換えの実行期限を明記し、実行されない場合の違約金と解除権を定める | 実行までの期間は保証が残ったまま、会社の資金は買い手が動かせる状態にある |
| 一部の金融機関だけ解除される | メイン行は応じたが、他行が保留のまま | 未解除分の借入を特定し、残額・期限・対応の責任を条項で書き分ける | 残った借入についての保証責任は消えていない。金額が小さくても法的性質は同じ |
表の右端の列が示しているのは、契約書は損害の回復手段を作れても、保証そのものを消すことはできないという事実です。違約金条項は、相手に支払能力があって初めて意味を持ちます。だからこそ、解除を実行の前提条件に置くという設計が、他のどの手当てよりも優先されます。
よくある誤解を四つ
「買主が保証を引き継ぐと契約書に書いてあるから大丈夫」 — 金融機関に対する効力はありません。買い手に義務を課すことはできますが、義務違反があったときに残るのは損害賠償請求権であって、保証が消えるわけではありません。
「担当者が口頭で問題なさそうだと言った」 — 稟議前の見通しにすぎません。条件と必要書類を書面で確認し、いつ判断が出るのかを日付で押さえてください。
「事業譲渡にすれば借入は移らないから保証も関係ない」 — 逆です。事業譲渡では会社が残り、借入も会社に残るのが原則です。会社に借入が残る以上、保証も残ります。手法による違いは株式譲渡と事業譲渡の違いで整理しています。
「解除されれば過去の分も含めてすべて消える」 — 解除の効力がいつ以降の債務に及ぶのかは、契約の内容によります。根保証の場合は、解除の時点で確定している債務の扱いを個別に確認してください。
次にやること
保証の話を金融機関に持ち込む前に、次の3つを手元に用意してください。
- 保証契約の一覧 — 金融機関ごとに、対象となる借入、保証の種類(特定債務の保証か根保証か)、限度額、期間を書き出します。契約書の写しがなければ取り寄せます。
- 法人と個人が混ざっている項目の一覧 — 貸付金・借入金、社長名義の資産の使用、保険や車両の名義。それぞれについて、いつまでにどう整理するかを書き添えます。
- 譲渡日から逆算した工程表 — 決済日を起点に、稟議に要する期間を金融機関に確認し、いつまでに何を提出するかを日付で置きます。
この3つがあれば、金融機関との面談は「外してもらえますか」というお願いではなく、条件のすり合わせになります。逆に、これがないまま譲渡の交渉だけが先に進むと、契約日が決まってから稟議が間に合わないと判明し、「保証は後で外す」という提案を受け入れるしかない状況に追い込まれます。その提案を断れる状態を先に作ることが、この工程の目的です。
出典:一般社団法人 全国銀行協会「経営者保証ガイドライン」(ガイドライン本文、事業承継時の特則、Q&A を掲載) https://www.zenginkyo.or.jp/adr/sme/guideline/
出典:経営者保証に関するガイドライン研究会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則の策定について」(2019年12月24日) https://www.zenginkyo.or.jp/news/2019/n122401/