リスクと詐欺対策

M&A詐欺の手口「保証は後で外す」|資産だけ抜かれて借金が残る流れ

「会社を売れば個人保証から外れる」という思い込みにつけ込む手口があります。資産だけ抜かれて借金が残る流れを順番に追い、交渉を止める判断材料になる5つの兆候と、引き渡し・決済・保証の切り替えを同じ日に揃える防ぎ方を整理します。

公開 更新 カテゴリ リスクと詐欺対策 読了目安 約7分

編集 M&A攻略ガイド編集部

M&A詐欺の手口「保証は後で外す」|資産だけ抜かれて借金が残る流れについて、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
契約書と財務資料の注意点を精査するM&Aリスク対策の編集イラスト

この記事の前提

想定読者
中小企業の経営者・後継者など、M&Aや事業承継を検討している方
読了後の状態
この記事のテーマについて、自社の状況に当てはめて判断できる状態

「M&Aで会社を売却すれば、借金の個人保証から解放される」 多くの経営者がそう信じて、M&Aの門を叩きます。しかし、その切実な願いにつけ込む「悪質な買い手」による被害が報告されています。

特に深刻なのが、「会社は売ったのに連帯保証が外れず、会社の資産だけ持ち出され、最終的に売主が借金を背負わされる」というケースです。一度成立してしまうと、後から取り返す手段がほとんど残りません。

この記事では、報告されている手口がどういう順番で進むのか、そして契約前のどの時点で止められるのかを整理します。手口そのものは目新しいものではなく、止められる場所も決まっています。

書類の前で頭を抱えるビジネスパーソンと、現金を持って立ち去る人物を描いたM&A詐欺のイメージ

1. 【実例】「資産の持ち逃げ」はどういう順番で進むのか

M&Aをめぐるトラブルの中でも被害が大きいのが、会社の中身(現預金)だけを抜き取り、借金を元の経営者に残す手口です。典型的な流れは次のとおりです。

① 甘い言葉で近づく

業績が横ばい、あるいは少し資金繰りに苦労している企業に対し、見知らぬ「投資会社」や「コンサルティング会社」からM&Aのオファーが届きます。

  • 「御社の将来性を高く評価します」
  • 「負債があっても、現預金があればその分を考慮して1株1円などで引き取ります」
  • 「従業員の雇用は守ります」

② 「連帯保証は後で外す」という罠

通常、株式譲渡と同時に、銀行借入の連帯保証人(経営者保証)を買い手側に切り替える手続きを行います。しかし、この手口では次のように持ちかけられます。

「銀行の審査に時間がかかるので、まずは株式譲渡(クロージング)を先に済ませましょう。保証の切り替えは、新経営陣が責任を持って事後に行います」

早く楽になりたい売り手は、この言葉を信じて署名してしまいます。ここが引き返せなくなる地点です。

③ 会社資産の「抜き取り」

経営権が移ったその日から、買い手(新経営者)は会社の現預金を動かせるようになります。次のような形で資金が外に出ます。

  • 多額の「役員報酬」や「経営指導料」名目で資金を外部へ送金。
  • 関連会社への「貸付金」として資金を移動。
  • 会社の資産(不動産や在庫)を不当な安値で売却。

④ 連絡不通・計画倒産

会社から現預金がなくなったタイミングで、新経営者は音信不通になります。当然、銀行への返済もストップします。

⑤ 元経営者に請求が来る

返済が滞ると、銀行は連帯保証人である「元の経営者(あなた)」に請求を行います。「保証を外す」という約束は、買い手との間の話であって、銀行に対して効力を持たないからです。結果、会社も失い、資産も抜かれ、借金だけが手元に残るという結末になります。

この構造そのもの、つまり保証を外せるのは買い手ではなく金融機関だという点については、経営者保証を外す手順で詳しく整理しています。手口を防ぐ核心は、この一点を後回しにしないことに尽きます。


2. なぜ騙される?詐欺師が使う「心理的トリック」

冷静に考えれば怪しい話ですが、渦中にいると見えなくなる理由があります。

  • 「なんとかして廃業を避けたい」という焦り 後継者がいない、資金繰りが苦しいといった状況下では、「誰でもいいから引き継いでほしい」という心理が働き、相手の素性調査がおろそかになりがちです。
  • 「デューデリジェンス(買収監査)なし」のスピード感 まともな買い手なら時間をかけて行う調査を、「御社を信用しているので不要です」「最短で現金化できます」と省略します。これを好意的な買い手だと勘違いしてしまうのです。
  • 弁護士などの専門家を入れさせない 「専門家を入れると手数料が高くなる」「仲介会社だけで完結させればスムーズ」などと言いくるめ、第三者のチェックを避けさせます。

3つに共通しているのは、判断を急がせることと、第三者の目を減らすことです。この2つが同時に起きているとき、内容の当否とは別に、進め方そのものが危険な状態にあります。


3. 交渉を止める判断材料になる5つの兆候

以下のうち1つでも当てはまる場合、その理由を書面で説明してもらうまで先に進めないでください。説明できない、あるいは説明を渋る場合は、交渉から降りる判断材料になります。

  1. 「連帯保証の解除」を契約の前提条件(クロージング条件)にしない 「努力します」「善処します」といった努力義務の文言と、「解除されなければ株式を引き渡さない」という前提条件は、効き方がまったく違います。前提条件にすることを嫌がる理由を確認してください。
  2. デューデリジェンス(DD)をほとんどしない 中身を見ずに会社を買う買い手はいません。見ないのは「中身(事業)」に関心がなく、「金庫(現預金)」だけを見ているためと考えられます。調査で何を見られるかはデューデリジェンスの準備資料で確認できます。
  3. 会社の住所がバーチャルオフィス、または実態がない 買い手企業の登記簿謄本を必ず取ってください。本店所在地がレンタルオフィスであったり、設立から間もない法人であったりする場合は、資金源と事業実態を確認する必要があります。
  4. 「株式譲渡代金の分割払い」を提案してくる 「手付金だけ先に払い、残りは事業収益から払う」という提案では、経営権が移った後の支払いを相手の意思に委ねることになります。残金の支払いを担保する仕組みがあるかを確認してください。
  5. 条件が良すぎる 赤字企業や債務超過に近い企業に対して、好条件を提示する理由がどこにあるのかを説明してもらってください。合理的な説明ができる買い手も存在しますが、説明できない場合は、価格以外の目的があると考えるべきです。

4. 被害に遭わないための「鉄則」

鉄則①:連帯保証の解除が確定するまで署名しない

株式譲渡契約書(SPA)には、「連帯保証の解除」または「解除できない場合の違約金条項・契約解除条項」を入れます。ただし、契約書は損害の回復手段を作れても、保証そのものを消すことはできません。

空白期間を作らない方法は、銀行の担当者を交えて、株式の引き渡し・代金の決済・保証の切り替えを同じ日に完了させる設計にすることです。この3つがずれた分だけ、会社を支配していないのに保証だけ負っている期間が生まれます。

鉄則②:買い手の「本人確認」と「資金力証明」

相手の名刺やウェブサイトだけでなく、商業登記簿と決算書を確認します。「誰が株主なのか」「買収資金の出どころはどこか」が不透明な相手は避けてください。この確認を依頼できるかどうかは、仲介会社を選ぶ段階の論点でもあります。相談先の照会方法はM&A支援機関登録制度の使い方で整理しています。

鉄則③:セカンドオピニオンを持つ

仲介会社が「早く契約しましょう」と急かしてくる場合、その仲介会社自身が買い手側と近い立場にある可能性、あるいは単に知識が足りない可能性があります。利害関係のない弁護士に契約書のリーガルチェックを依頼してください。契約書のどこを読むかは表明保証条項の読み方でも扱っています。


5. 公表資料と報道で、手口の実際を確認する

同じ手口は、個別の事例として報道されることがあり、行政からも注意が呼びかけられています。報道された事例に目を通しておくと、ここまでに挙げた兆候が現実にどう現れるかが具体的に分かります。

確認する先は2つあります。

  • 中小企業庁の公表内容 — M&A支援機関登録制度の枠組みの中に、支援機関の対応について情報提供を受け付ける経路が設けられています。制度上の措置や注意喚起の状況は、ここで確認できます。
  • 報道 — 社名や件数を含む報道は、続報によって内容が変わります。検討している時点の情報を、行政の発表と合わせて確認してください。

注意点が一つあります。報道に登場した会社名を覚えることには、あまり意味がありません。同じ手口は、別の会社名で繰り返されます。覚えるべきは会社名ではなく、前の章に挙げた兆候のほうです。


次にやること

「うちは大丈夫だろうか」「この買い手、少し様子がおかしい」と感じたら、署名の前に手を止めて、次の3つを行ってください。

  1. 契約書を、利害関係のない第三者に見せる。 仲介会社や買い手から紹介された相手ではなく、自分で選んだ弁護士です。判断を急がせる相手ほど、第三者の目を嫌います。急かされたこと自体が、見せるべき理由になります。
  2. 連帯保証の解除が、どの条項でどう書かれているかを目で追う。 「協議する」「努力する」で終わっていないか。解除されなかった場合に何が起きると書かれているか。この2点だけは、人任せにせず自分で読んでください。
  3. 取引金融機関に、譲渡の予定と保証の扱いを相談する。 買い手を通さず、直接聞きます。銀行が保証の切り替えに応じられるのかどうかは、買い手ではなく銀行しか答えられません。

この3つに時間をかけると、交渉は少し遅くなります。ただし、その遅れを理由に降りていく買い手であれば、失うのは時間だけです。確認を省いて進めた場合に失うのは、会社と、保証を負ったままの立場です。

出典:中小企業庁「M&A支援機関登録制度」。M&Aに係るトラブルの発生を踏まえた対応や、中小M&A市場の動向を踏まえた注意喚起が公表されている https://ma-shienkikan.go.jp/

出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」。第3版(2024年8月)で、最終契約の不履行に関するリスクと対応策、譲り渡し側の経営者保証が譲り受け側へ移行しない事例、不適切な譲り受け側への対応が追記された https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html