リスクと詐欺対策

表明保証と補償条項|会社を譲った後に売り手が負う責任

最終契約書の表明保証と補償条項は、譲渡代金が振り込まれた後に売り手が金銭を返す可能性を決めている部分です。何を保証させられるのか、知らなかった事実でも責任を負うのはなぜか、責任の期間と上限はどう設計されるのかを条項の読み方として整理します。

公開 更新 カテゴリ リスクと詐欺対策 読了目安 約8分

編集 M&A攻略ガイド編集部

表明保証と補償条項|会社を譲った後に売り手が負う責任について、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
契約書と財務資料の注意点を精査するM&Aリスク対策の編集イラスト

この記事の前提

想定読者
最終契約書のドラフトを受け取り、譲渡後に自分が負う責任の範囲を確認したい売り手の経営者
読了後の状態
表明保証と補償条項のどこを読み、どの数字が交渉の対象になるのかを判断できる状態

最終契約書のドラフトは、たいてい数十ページになります。そのうち最も分量が多いのが「表明及び保証」の章で、会社の状態について売り手が事実を申告する条文が、細かい項目に分かれて並びます。読み合わせに割かれる時間は、この分量に対して短くなりがちです。

ここが読み飛ばされる理由ははっきりしています。価格や従業員の処遇と違って、条文を読んでもその場では何も起きないからです。効いてくるのは、譲渡代金が振り込まれたあとになります。

株式譲渡は、代金を受け取った時点で終わる取引ではありません。契約書の後半には、譲渡後に売り手が金銭を支払う可能性のある仕組みが書き込まれています。それが表明保証と補償条項です。手元に残る金額は、価格交渉ではなく、この2つの条項の設計で決まる部分があります。

表明保証は意見ではなく、事実の申告

表明及び保証とは、一定の時点において、会社や株式に関する事実が真実かつ正確であることを、売り手が買い手に対して申告する条項です。「うまくいくと思う」といった見通しの表明ではなく、過去と現在の事実についての申告である点が出発点になります。

買い手がこれを求める理由は、デューデリジェンス(買収監査、以下DD)の限界にあります。DDには期間と費用の制約があり、すべての取引記録や契約書を見ることはできません。見きれなかった領域のリスクを、契約によって売り手側に残しておく。それが表明保証の役割です。

この構造から言えることがあります。DDが薄い案件ほど、表明保証は厚くなる傾向を持ちます。「御社を信用しているので調査は最小限で」という進め方は、売り手にとって負担が軽い話に見えて、実際にはリスクの置き場所を調査から契約へ移し替えているだけ、ということが起こります。そもそも会社の中身に関心がない相手である場合の危険は、M&A詐欺で使われる手口の側の問題になります。

何を保証させられるのか

表明保証の項目は案件ごとに増減しますが、中小企業の株式譲渡で並ぶ領域はおおむね決まっています。条文が何を問いかけているのかと、実際につまずきやすい箇所を対応させると次のようになります。

保証させられる領域 条文が問いかけていること 中小企業でつまずきやすい点
株式・株主 発行済株式の全部を適法に保有し、担保や第三者の権利が付いていないか 名義株、相続で分散した持分、譲渡承認の議事録が残っていない
計算書類 決算書が会計基準に従って作られ、会社の財政状態を正しく表しているか 在庫や売掛金の実在性、役員貸付金、計上されていない負債
労務 未払いの賃金や割増賃金がなく、社会保険の加入が適正か 固定残業代の設計不備、名ばかり管理職、短時間労働者の加入漏れ
税務 申告と納付が期限どおり行われ、追徴の見込みがないか 交際費や外注費の処理、個人と会社の資金の混在
重要な契約 主要な契約に違反がなく、支配権が移ると解除される条項がないか チェンジ・オブ・コントロール条項、条件が口頭のままの取引
資産 事業に使っている資産を会社が保有し、権利関係に問題がないか 社長個人名義の不動産や車両、リース物件の扱い
許認可・法令遵守 事業に必要な許認可を保有し、取消しの事由がないか 更新漏れ、専任者の配置要件、届出の未提出
訴訟・紛争 係争中の紛争や、提起される見込みの請求がないか 元従業員との未解決のやり取り、決着していないクレーム

この一覧は、そのまま「買い手が減額や補償請求の根拠にできる領域の一覧」でもあります。だからこそ、契約書のドラフトを受け取ってから読むのでは遅く、DDが始まる前に自社で当てはめておくほうが有利になります。DDで買い手側に先に見つけられた事実と、こちらから先に出した事実とでは、その後の交渉での扱われ方が変わります。

「知らなかった」では原則として免れない

表明保証違反の責任は、売り手に落ち度があったかどうかを問わない形で組まれるのが一般的です。事実と違っていたこと自体が違反になるため、社長本人が把握していなかった未払い残業代や、前任の経理担当の処理も対象に入り得ます。

そこで売り手側が交渉するのが、知識による限定です。条文に「売り手の知る限り」を付けると、知らなかった事項については責任を負わない形に近づきます。ただし買い手から見れば保証が弱くなるため、すべての条項に付くことはまずありません。付ける場合は、次の2点で意味が変わります。

  • 誰の知識か — 代表者本人だけか、役員や一定の役職者まで含むか。範囲が広いほど、知らなかったと言える場面は減ります。
  • 調査義務を伴うか — 「合理的な調査を行ったうえで知る限り」と書かれていれば、調べていなかったことは免責の理由になりません。

同じ役割を果たすものに、重要性による限定(「重要な点において」)と金額基準があります。どの条項に限定が付いていて、どこには付いていないのかを一覧にすると、この契約でリスクの重心がどこに置かれているかが見えます。付いていない条項が、そのまま売り手の弱点です。

開示別紙は、売り手にとっての防具

表明保証には、例外を書き出す別紙が付きます。ディスクロージャー・スケジュール、開示別紙などと呼ばれるもので、ここに記載した事項については保証の対象外となり、後から違反を問われません。

つまり、言いにくい事実ほど、ここに書いたほうが売り手の責任は軽くなります。隠したまま署名まで進んでも、消えるわけではなく、補償請求という形で先送りされるだけです。譲渡後に請求が来れば、受け取った代金から支払うことになります。

書き方には粒度があります。「訴訟あり」とだけ書いても、開示したことになるかどうかで争いになります。当事者、時期、請求の内容、現在どの段階にあるかまで書いて、はじめて例外として機能します。将来の見通しを書く場合は、確定した事実と、現時点での見込みを分けて記載します。

この領域では、事実そのものが不利なのではなく、先に出したかどうかで結果が変わります。開示別紙に載せた未払い残業代は価格交渉の材料になりますが、載せなかった未払い残業代は、譲渡後の補償請求の材料になります。

補償条項は、5つの設計項目で重さが変わる

表明保証に違反したときにいくら支払うのかを決めているのが、補償条項です。金額そのものは書かれていませんが、次の設計項目の組み合わせで、負担の上限が決まります。

設計項目 何を決めているか 売り手が確認すること
存続期間 いつまで請求できるか。一般条項より、税務・労務を長く設定することがある 起算日はクロージング日か。項目ごとに期間が違うか
補償の上限(キャップ) 支払いの総額の天井。譲渡価格の一定割合とする設計が使われる 上限の対象外とされている条項がどれか
免責額(デミニミス・バスケット) 少額の請求を弾く仕組み。一定額を超えた分だけ払う型と、超えたら全額払う型がある どちらの型か。この違いで実際の負担が変わる
支払いの担保 代金の一部を第三者に預ける、分割払いにして相殺できるようにするなど 対価のうち何割が、いつまで拘束されるか
請求の手続 買い手が違反を知ってから通知するまでの期限、売り手の反論の機会 通知期限があるか。売り手が対応に関与できるか

期間・上限・免責額は、いずれも交渉の対象になる数字です。ところが価格に比べて、売り手の側から論点として出されることは多くありません。譲渡価格を数パーセント上げる交渉より、上限を下げる交渉のほうが最終的な手残りへの影響が大きい場面もあります。

DDで出た指摘を、減額ではなく補償に振り替える案を提示されることもあります。目先の価格が動かないため受け入れやすく見えますが、確定した減額と、期間中ずっと残る不確定な債務は、同じ金額でも性質が違います。指摘がどの処理に落ちるかの選択肢は、DDで問題が出たときの分岐の側で整理しています。

なお、税務や労務に関する責任の存続期間は、時効や除斥期間の制度に合わせて設定されます。制度は改正の影響を受けるため、期間の妥当性は2026年8月時点の規定で税理士や社会保険労務士に確認するのが確実です。契約条項としての妥当性は法律判断になるので、そこは弁護士の領域になります。

相談先が分野で分かれるぶん、どこまでを外部に出すかは先に決めておく必要があります。依頼先ごとに頼めることと報酬の形がどう違うかは、交渉と契約だけ外部に頼む方法で整理しています。

買い手がDDで気づいていた場合はどうなるか

DDで開示した事実について、買い手が後から補償を請求できるのかという論点があります。請求できる設計をプロ・サンドバッグ条項、できない設計をアンチ・サンドバッグ条項と呼びます。

中小企業の案件では、どちらとも明記されない契約書が珍しくありません。明記がないと、後になってから解釈で争うことになります。売り手の立場では、「買い手が契約締結時に認識していた事項は補償の対象としない」という趣旨の条項を入れられるかが交渉点になります。

入らなかった場合でも、前述の開示別紙に書いておけば、多くの項目は同じ効果を得られます。逆に、「DDで資料はすべて渡しました」という事実だけでは免責の根拠になりません。データルームに置いたことを開示とみなすかどうかも、条項で決まっているためです。

譲渡の方式によって、この責任の及ぶ範囲も変わります。株式譲渡では会社そのものが引き継がれるため、過去の労務・税務がまるごと保証の対象になります。事業譲渡では移す資産と契約を選べるため、対象は限定されやすくなります。方式の違いによる構造は、株式譲渡と事業譲渡の違いの側で整理しています。

契約書を受け取ってからやること

次にやることは3つです。

  1. 表明保証の条文を項目ごとに分解し、自社で「事実と違う可能性がある」と感じた箇所に印をつける。印がついた箇所は、条文の削除を求めるのではなく、開示別紙に回す方向で整理する
  2. 存続期間・補償の上限・免責額と、預託や分割払いで拘束される金額を1枚にまとめ、最悪の場合に手元からいくら出ていくのかを計算する
  3. その1枚を持って、成約したかどうかで報酬が変わらない立場の弁護士にレビューを依頼する

この3つが済んでいれば、譲渡価格とは別に「この取引で自分が背負う上限」を数字で言える状態になります。逆にこの3つがないまま署名すると、振り込まれた金額を自分の資産として扱ってよいのかどうかが、補償期間が終わるまで確定しません。

契約書の後半をどう読むかの前に、交渉に入る段階の書面で決まっていることもあります。独占交渉の期間や情報の扱いは、秘密保持契約と基本合意書の側で先に固まります。