M&A基礎知識

【徹底比較】株式譲渡と事業譲渡の違い|税金・手続き・従業員の扱いはどう変わる?

中小企業のM&Aでは、主に「株式譲渡(かぶしきじょうと)」と「事業譲渡(じぎょうじょうと)」という2つの手法が使われます。

公開 更新 カテゴリ M&A基礎知識 読了目安 約6分

編集 M&A攻略ガイド編集部

【徹底比較】株式譲渡と事業譲渡の違い|税金・手続き・従業員の扱いはどう変わる?について、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
準備から契約までM&Aの手順を並べた編集イラスト

この記事の前提

想定読者
中小企業の経営者・後継者など、M&Aや事業承継を検討している方
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この記事のテーマについて、自社の状況に当てはめて判断できる状態

「M&Aをするなら、どの方法が一番得なんだろう?」

中小企業のM&Aでは、主に「株式譲渡(かぶしきじょうと)」と「事業譲渡(じぎょうじょうと)」という2つの手法が使われます。

どちらを選ぶかによって、社長の手元に残る金額も、譲渡までにかかる手間も変わります。従業員の雇用がどう扱われるかも、この選択で決まります。

この記事では、両者の違いを徹底比較し、あなたの会社にはどちらが向いているのかを判断する材料を提供します。


1. 2つの手法の決定的な違い

一言で言うと、「会社そのものを売る」か、「会社の中身(事業)だけを売る」かの違いです。

株式譲渡は会社ごと(資産・負債・従業員を含む)を買い手に渡し、事業譲渡は対象の事業だけを切り出して買い手企業に渡すことを示した図

株式譲渡 = 「会社ごとオーナーチェンジ」

会社の所有権(株式)を買い手に渡す方法です。会社という「箱」ごと渡すため、中に入っている資産、負債、従業員、契約などは、原則としてそのまま引き継がれます。

  • 主な対象: 事業承継、ハッピーリタイアを目指す場合

事業譲渡 = 「特定の事業だけ切り売り」

会社の一部(例:飲食事業部だけ、工場だけ)を選んで売る方法です。売り手企業という「箱」は、売却後も手元に残ります。

  • 主な対象: 不採算事業の整理、事業の選択と集中を行いたい場合

2. 株式譲渡のメリット・デメリット

中小企業のM&Aで最初に検討されることが多い手法です。会社の形を変えずに所有者だけが入れ替わるため、事業を止めずに引き継げるのが理由です。

メリット

  • 手続きがシンプル: 株主総会の承認と株式譲渡契約だけで完了します。
  • 税負担の見通しを立てやすい: 売り手(個人株主)の譲渡益は申告分離課税の扱いで、給与や役員報酬などの他の所得と合算されません。譲渡益が大きくなっても税率が段階的に上がらないため、手取りの計算が読みやすくなります。
  • 独立性を維持しやすい: 許認可や取引契約もそのまま引き継げるため、事業が止まるリスクが低いです。

デメリット

  • 負債も引き継ぐ: 買い手からすると、帳簿に載っていない「簿外債務」まで引き継ぐリスクがあります。そのぶんデューデリジェンスで求められる資料は細かくなり、未払残業代や係争中の案件は必ず論点になります。
  • 不要な資産もついてくる: 買い手がいらないと思っている資産(社長の社用車や保養所など)もセットで引き継ぐことになります。

3. 事業譲渡のメリット・デメリット

「うちは会社ごと売るのはちょっと…」という場合に選ばれる手法です。

メリット

  • 好きなものだけ売買できる: 「優良な店舗だけ欲しい」「借金は引き継ぎたくない」といった買い手の要望に応えやすいです。
  • 簿外債務のリスク遮断: 契約で指定した負債以外は引き継がないため、買い手にとって安心感があります。

デメリット

  • 手続きが超・煩雑: 従業員一人ひとりとの再雇用契約、取引先との契約巻き直し、許認可の取り直しなど、膨大な事務作業が発生します。
  • 税負担が重くなりやすい: 売却益は法人の利益に上乗せされ、法人税の対象になります。ただし法人税は他の事業の損益と通算されるため、赤字部門や繰越欠損金を抱えていれば負担は下がります。加えて、譲渡する資産のうち課税対象になるもの(棚卸資産や建物など)には消費税がかかり、これは買い手が負担します。

4. 同じ金額で売れても「手取り」は変わる

譲渡価格が同じでも、社長個人の手元に残る金額は手法によって変わります。差を生むのは税率の高さそのものではなく、代金がどこに入り、誰に対して課税され、個人が受け取るまでに何段階あるかという構造です。

項目 株式譲渡の場合 事業譲渡の場合
代金の受取先 株主(社長個人など) 売却した会社(法人)
課税される人 株主個人 会社(法人)
課税の仕組み 譲渡所得として申告分離課税。他の所得と合算されない 売却益が法人の利益に加算され、法人税の対象になる
他の損益との通算 できない できる。繰越欠損金があれば法人段階の負担は下がる
消費税 かからない 課税資産の譲渡分にかかる(買い手が負担)
個人が受け取るまで 譲渡の時点で個人に入る 役員退職金や配当として出す段階で、もう一度課税される

個人が現金を手にするまでの経路を見ると、株式譲渡は一段階、事業譲渡は二段階です。これが「同じ譲渡価格でも手取りが違う」と言われる理由で、税率表を比べるより先に押さえるところです。

ただし、どちらが有利かは構造だけでは決まりません。手取りを左右するのは次の4つです。

  • 会社に繰越欠損金があるか — 事業譲渡の売却益をぶつけられるだけの欠損金があれば、法人段階の負担は大きく変わります。過去に赤字が続いた会社ほど、この差は無視できません。
  • 役員退職金をいくら出せるか — 事業譲渡のあとに個人へ資金を移す場合、退職所得は配当より負担の軽い扱いです。在任年数や最終報酬額から算定される適正額の範囲でいくら出せるかによって、結論が入れ替わることがあります。
  • 株式の取得価額がいくらか — 株式譲渡で課税されるのは「譲渡価格 − 取得価額 − 譲渡費用」です。設立時の出資額しか計上できない会社では、譲渡価格のほぼ全額が課税対象になります。
  • 会社を残すか清算するか — 事業譲渡で法人を残すなら、その後の維持費がかかります。清算するなら清算手続きの費用と、残余財産を分配する段階の課税も計算に入れる必要があります。

税率も控除の要件も制度改正で変わります。自分で概算した上で、契約の形が固まる前に税理士へ数字を入れて計算してもらう工程だと考えてください。


5. 判断軸ごとの比較

比較項目 株式譲渡 事業譲渡
売るもの 会社そのもの(株式) 事業(資産・権利・義務)
お金の受取人 株主(社長個人など) 会社(法人)
手続き 簡便(株式の名義書き換え) 煩雑(契約を個別に移行)
従業員の雇用 そのまま継続 いったん退職し、再雇用の同意が要る
許認可 原則引き継げる 原則取り直し
簿外債務 買い手が引き継ぐ 契約で指定した範囲だけ引き継ぐ
税の段階 個人への課税が1回 法人税+消費税。個人へ移す段階でもう1回
向く場面 後継者がおらず会社ごと引き継いでほしい/引退して現金を受け取りたい 特定の事業だけ切り離したい/会社は残して別の事業を続けたい
株式譲渡は株式譲渡契約書への押印で手続きが完結する一方、事業譲渡は従業員の再雇用契約、取引先との契約巻き直し、許認可申請、資産の移転手続きが個別に発生することを対比した図

6. 次にやること

手法は、交渉が進んでからでは変えにくくなります。基本合意の前に、次の順番で確認してください。

  1. 売りたいのが「会社」か「事業の一部」かをはっきりさせる — ここが決まれば選べる手法はほぼ絞られます。会社ごと引き継いでほしいなら株式譲渡、残したい事業があるなら事業譲渡が出発点です。
  2. 株式の取得価額と、直近の繰越欠損金を調べる — 前者は個人の課税額、後者は法人の課税額を左右します。どちらも決算書と設立時の資料を見れば分かる数字で、専門家に相談する前に自分で用意できます。
  3. 従業員と許認可の引き継ぎ条件を確認する — 事業譲渡では雇用契約も許認可も自動では移りません。従業員が多い、または許認可が事業の前提になっている場合は、この手間が手法選びを決めることもあります。伝える順番については従業員・取引先への開示を先に読んでおいてください。
  4. 手法が固まる前に、税理士へ試算を依頼する — 依頼先は、譲渡の当事者と利害関係のない専門家にします。買い手側が紹介した専門家の説明だけで決めると、条件を検算する立場がいなくなります。税務、契約書、交渉のどれを誰に頼めるかは資格と業務範囲で分かれるため、交渉と契約だけ外部に頼む方法で依頼先ごとの範囲を確かめておくと、相談先を分けて考えられます。

手法の違いで手取りが変わるのは、税率が違うからではなく、お金の入り口と出口が違うからです。この構造を押さえておけば、提示されたスキームが自社に合っているかを自分で判断できます。