M&A基礎知識

秘密保持契約と基本合意書|売り手が署名前に確認する条項

M&Aの初期に署名する秘密保持契約と基本合意書は、自社の情報がどこまで出ていくかと、他の買い手候補と話せる期間を先に決めてしまう書面です。独占交渉権の期間、法的拘束力を持つ条項の範囲、破談したときの費用負担の3点から読み方を整理します。

公開 更新 カテゴリ M&A基礎知識 読了目安 約8分

編集 M&A攻略ガイド編集部

秘密保持契約と基本合意書|売り手が署名前に確認する条項について、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
準備から契約までM&Aの手順を並べた編集イラスト

この記事の前提

想定読者
買い手候補との交渉が始まり、秘密保持契約や基本合意書への署名を求められている中小企業の経営者
読了後の状態
署名前にどの条項を読むべきか、どこが交渉できる余地なのかを自分で判断できる状態

買い手候補とのトップ面談が終わると、次に届くのは書面です。秘密保持契約書、そのあとに基本合意書のドラフト。仲介の担当者からは「まだ正式な売買契約ではありません」「形式的なものです」と説明され、具体的に示されるのは署名の期限だけ、ということが起こります。

たしかに、この2枚は会社の売買そのものを成立させる契約ではありません。ただし、決めていることはあります。ひとつは自社の情報がどこまで出ていくか。もうひとつは、これから数か月のあいだ他の買い手候補と話せなくなるかどうかです。どちらも、あとから取り返しがききにくい部分です。

売り手にとってM&Aはたいてい一度きりですが、買い手と仲介はこの2枚を何度も扱っています。読み方を知らないまま署名すると、条件を動かしたくなったときには、動ける範囲がすでに狭まっている状態になります。

最初に署名する書面は、効き方が4種類に分かれる

M&Aの初期に出てくる書面は名称が似ていて、どれがどこまで自分を縛るのかが分かりにくくなっています。効き方で並べると次のように整理できます。

書面 法的拘束力の一般的な扱い 売り手が負うもの 署名前に決めておくこと
秘密保持契約(NDA) 全体に拘束力を持つ 情報の管理義務、目的外使用の禁止 誰に、どの段階で、何を開示するか
意向表明書(LOI) 買い手からの一方的な提示で、原則として拘束力を持たせない 受け取っただけでは義務は生じない 受領は独占交渉の承諾ではないという整理
基本合意書(MOU・LOIとも呼ばれる) 一部の条項だけに拘束力を持たせるのが通例 独占交渉義務、秘密保持、費用の自己負担 独占期間の長さと、延長される条件
最終契約書(株式譲渡契約書など) 全体に拘束力を持つ 表明保証と補償など、譲渡後まで残る責任 責任の期間と上限

やっかいなのは、この名称が現場で混在することです。LOIという語は、買い手の意向表明書を指すこともあれば、双方が署名する基本合意書を指すこともあります。判断は名称ではなく、条文に「本書は法的拘束力を有しない。ただし第◯条から第◯条を除く」といった記載があるかどうかで行います。

書面の順番自体は、M&Aの流れと期間でいうトップ面談から基本合意にかけての工程に対応します。流れの中の位置を先に把握しておくと、どの書面が何を確定させているのかを取り違えにくくなります。

秘密保持契約は、範囲・相手・期間の3方向で読む

秘密保持契約は形式的な書面と見なされがちですが、中小企業のM&Aでは、この1枚の設計が破談後の被害の大きさを左右します。確認する項目は次のとおりです。

  • 秘密情報の範囲 — 書面で渡した資料だけが対象になっていないかを見ます。「秘密である旨を明示したものに限る」という限定が入っていると、面談で口頭説明した内容や、その場で見せた資料は保護されない読み方が残ります。
  • 開示できる相手の範囲 — 買い手の役職員に加え、買い手が起用する会計士・弁護士、親会社や出資者、資金調達先の金融機関まで広がるのが通常です。問題は範囲の広さそのものではなく、開示先にも同等の義務を負わせる旨が書かれているかどうかです。
  • 目的外使用の禁止 — 「本件取引の検討」という目的の定義があるかを見ます。目的が広く書かれていると、検討を打ち切ったあとに、得た情報を自社の事業判断に使う余地が残ります。
  • 従業員・取引先への直接接触の禁止 — 破談後にキーマンだけ採用される、開示した取引先に直接営業されるといった形は、禁止する条項がなければ止める手立てがありません。損害が具体的な形をとりやすい部分ですが、ひな形によっては条項自体が入っていません。
  • 有効期間と、終了後の資料の扱い — 期間が検討期間と同じ長さだと短すぎます。終了後の返還・破棄について、紙だけでなく電子データやバックアップまで書かれているかを確認します。
  • 誰との間で結ぶか — 仲介会社との秘密保持契約と、買い手候補との秘密保持契約は別の書面です。仲介にだけ義務を負わせても、買い手候補は縛られません。

条項をどれだけ整えても、情報が出たあとに損害額を立証するのは簡単ではありません。実務では、条項の整備と同じくらい「何を、どの段階で渡すか」という順序で守ることになります。社名が分かる前の段階で何をどこまで書くかは、ノンネームシートの書き方で扱う情報設計と直結します。

基本合意書で法的拘束力を持つのは、限られた条項だけ

基本合意書は、価格の目線、スケジュール、デューデリジェンス(買収監査、以下DD)の進め方といった大枠を確認する書面です。全体としては法的拘束力を持たせず、一部の条項にだけ拘束力を残すのが一般的な作りになっています。

拘束力を持たせることが多いのは、独占交渉権、秘密保持、費用の負担、誠実協議義務、そして準拠法と管轄です。売り手が確認するのは、この「拘束力のある条項を列挙した条文」が置かれているかどうかです。列挙がないと、どこまでが約束でどこからが目安なのかが後で解釈の対象になり、争いになったときに不利に働きます。

義務の書きぶりも読み分けが必要です。「誠実に協議する」だけの条項であっても、交渉を一方的に打ち切る場面では相手方から持ち出されます。「努めるものとする」なのか「〜しなければならない」なのかで、後の言い分の強さが変わります。

価格の記載についても、確定額ではないという前提で読みます。基本合意書の金額は、DDで問題が見つからなかった場合の目線であって、そのまま入金される額ではありません。ここを確定額だと理解したまま進むと、DD後の減額提示を裏切りと受け取ってしまい、冷静な判断がしにくくなります。

独占交渉権は、期間の長さより「延長のされ方」を見る

独占交渉権は、一定期間、他の買い手候補と交渉しないという約束です。買い手はDDに費用と人員を投じるため、その前に排他性を求めること自体には理由があります。売り手が確認するのは、次の4点です。

  1. 期間と起算日 — 起算日が署名日なのか、DD開始日なのかで、実際に拘束される長さが変わります。
  2. 延長の条件 — 「両者が書面で合意した場合に延長できる」と「買い手が申し出た場合に延長される」は、まったく別の条項です。後者は、期間の長さを実質的に買い手が決められる設計になります。
  3. 禁止される行為の範囲 — 新規の打診を受けないだけなのか、すでに接触していた候補への返答も止まるのか。仲介経由の紹介を受け続けてよいのかも、条文の書き方によって変わります。
  4. 満了後の扱い — 期間が過ぎれば自動的に自由になるのか、解除の通知が必要なのか。自動更新の有無もここで確認します。

独占交渉の期間が長いほど、売り手は「この相手と決めるしかない」状態に近づきます。DDの結果として減額を求められたとき、他に候補がいない状況では、応じるか、時間をかけて探し直すかの二択になります。さらに、独占期間中に業績が落ちれば、その下振れ自体が次の価格交渉の材料になります。時間は、売り手側にだけコストとして効きます。

破談したときに、誰が何を負担するか

原則は、各自が自分の費用を負担する形です。買い手のDD費用は買い手が、売り手が起用したアドバイザーの費用は売り手が負担します。まず、この原則が書面に書かれているかを確認します。

例外として置かれることがあるのが、解除に伴う違約金や、独占交渉義務に違反した場合の補償です。中小企業の案件では入らないことも多いものの、入っている場合は金額の水準と、どういう行為が発動条件になるのかを読みます。「合理的な理由なく交渉を打ち切った場合」という書き方であれば、何が合理的な理由にあたるかが後の争点になります。

見落としやすいのは、買い手との書面ではなく仲介との契約の側です。基本合意の締結時に中間金が発生する設計になっていると、そこから先が破談になっても戻らないことがあります。報酬がどの時点で発生するのかは、M&A仲介の費用の内訳と突き合わせて確認します。

つまり、確認すべきなのは「基本合意に署名すると、いくら支払う義務が確定するのか」です。買い手との書面と、仲介との契約の両方を並べて数え上げないと、この金額は出てきません。

署名を急がされたときに、何を根拠に判断するか

期限が示されること自体は普通のことです。買い手の側にも社内の決裁スケジュールがあります。問題になるのは、期限の理由が説明されないまま短い期間が示される場合で、そのときは理由をそのまま尋ねて構いません。

修正の申し入れも、交渉を壊す行為ではありません。ドラフトを作ったのは買い手か仲介であり、作成者側に有利な初期値が入っているのは自然なことです。「これは標準的な内容です」という説明は、その条項が売り手にとって不利ではないという意味を含みません。標準かどうかではなく、その条文で自社に何が起きるかで判断します。

条件を動かせる余地が最も大きいのは、独占交渉権を与える前です。与えたあとは交渉相手が1社に固定されるため、こちらから提示できる材料が減ります。

中小企業のM&A支援については、中小企業庁が中小M&Aガイドラインを公表しており、支援機関が依頼者に説明すべき事項が整理されています(2026年8月時点)。依頼先がガイドラインの遵守を宣言しているかどうかは、同庁のM&A支援機関登録制度の公表情報で確認できます。個別の条項が自社にとって妥当かどうかは法律判断になるため、そこは弁護士に確認する領域です。

出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」(初版2020年3月、第2版2023年9月、第3版2024年8月)。第2版で仲介契約・FA契約前の書面交付による重要事項説明が拡充され、第3版で最終契約のリスク事項に関する説明が追記されている。契約書サンプルやチェックリストは同ページの参考資料にある https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html

出典:中小企業庁「M&A支援機関登録制度」(登録支援機関の検索・公表情報) https://ma-shienkikan.go.jp/

署名の前にやること

次にやることは2つです。

  1. 基本合意書のドラフトから、拘束力を持つと書かれている条項だけを抜き出し、独占交渉の期間・延長条件・費用負担の3点を1枚に書き出す
  2. 署名前に契約書のレビューを頼める先を1件確保する。成約したかどうかで報酬が変わらない立場(弁護士など)を選ぶ

この2つが済んでいれば、DDのあとに減額を求められた場面で、自分がどこまで動けるのかを自分で判断できます。逆にこの2つがないまま署名すると、条件を変えたい局面で「もう独占交渉に入っているので難しい」と説明されたとき、その説明が正しいのかどうかを確かめる手立てがありません。

なお、ここで扱ったのは交渉に入る前の書面です。譲渡代金が振り込まれたあとまで残る責任は、最終契約書の表明保証と補償条項の側で決まります。