M&A基礎知識
いくらで売れる?会社の値段(企業価値)の計算方法|中小企業M&Aの相場「年倍法」とは
会社の値段は、時価純資産に数年分の利益を上乗せする「年倍法」でおおよその目安を出せます。計算式が何を表しているのか、前提を置いた試算の手順、そして数字に表れない要素が価格をどう動かすかを整理します。
この記事の前提
- 想定読者
- 中小企業の経営者・後継者など、M&Aや事業承継を検討している方
- 読了後の状態
- この記事のテーマについて、自社の状況に当てはめて判断できる状態
「M&Aで会社を売りたいが、いくら値がつくのか見当もつかない」 「赤字でも値段はつくのだろうか?」
会社の値段(譲渡価格)は、スーパーの商品のように定価があるわけではありません。最終的には売り手と買い手の交渉で決まります。
ただ、交渉のたたき台になる金額の出し方には型があります。中小企業のM&Aでよく使われるのが「年倍法(年買法)」で、計算式がシンプルなぶん、売り手も買い手も同じ土俵で話ができます。
この記事では、年倍法の計算式が何を表しているのかを分解し、前提を置いた試算の手順を追います。最後に、この式では説明できない要素が価格をどう動かすかまで整理します。
1. 中小企業M&Aの黄金式「年倍法(年買法)」
年倍法の計算式は次のとおりです。
譲渡価格 = 時価純資産 + (実質営業利益 × 2年〜5年)
会社が持っている「現在の資産」に、これから稼ぐであろう「数年分の利益」を上乗せして価格を決める、という考え方です。買い手から見れば「今ある財産を買う代金」と「何年分の利益を先払いするか」を足したものになります。
用語の解説
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時価純資産(じかじゅんしさん) 会社の資産(現金、売掛金、不動産など)から、負債(借入金など)を引いた金額です。ただし、帳簿上の数字ではなく、時価(今の価値)に引き直して計算します。回収できない売掛金、売れない在庫、含み損益のある不動産は、ここで実態に合わせます。
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実質営業利益 本業でどれだけ稼いでいるかを表す利益です。節税のために計上している「役員生命保険料」や、オーナーの都合で決めている役員報酬の上乗せ分、一過性の損益などを調整して算出します。買い手は「自分が経営したときにいくら残るか」を見るため、この調整が価格に直結します。
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評価年数(のれん倍率) 「この会社を買えば、何年で投資を回収できるか」という期待値です。上乗せされる部分を「のれん代(営業権)」と呼びます。取引先や技術が特定の人に依存せず、買収後も同じ利益が続く見込みが強いほど年数は伸び、社長個人の力で成り立っている事業では短くなります。
2. 【試算例】前提を置いて計算してみる
数字の動き方を確かめるために、前提を置いた試算をしてみます。以下はあくまで計算の手順を示すための仮の数値で、実際の相場を示すものではありません。
【前提として置く数値】
- 資産の合計(時価):1億円
- 負債の合計:6,000万円
- 年間の実質営業利益:1,000万円
- 評価年数(のれん):3年分と仮定
【計算ステップ】
- 時価純資産を出す 1億円(資産) − 6,000万円(負債) = 4,000万円
- のれん代を出す 1,000万円(利益) × 3年 = 3,000万円
- 合計する 4,000万円 + 3,000万円 = 7,000万円
この前提のもとでは、譲渡価格のたたき台は7,000万円になります。同じ会社でも、評価年数が5年と置かれればのれん代は5,000万円になり、合計は9,000万円まで動きます。
つまり、価格を大きく動かしているのは資産ではなく評価年数のほうです。同じ利益を出していても、その利益が誰の力で成り立っているか、買収後も続くと見てもらえるかで、上乗せ幅が変わります。交渉で議論になるのもここです。
自社で試算するときは、この2つを分けて考えてください。時価純資産は決算書の数字を実態に直せば出せます。評価年数は交渉で決まるため、自分では確定させられません。ですから、試算は「幅」で持っておくのが実務的です。
3. 専門的な3つの評価アプローチ(参考)
企業価値の評価方法(バリュエーション)には、大きく分けて3つの考え方があります。
①コスト・アプローチ(純資産法など)
「今ある資産」に着目する方法です。先ほどの「年倍法」もここに含まれます。決算書があれば計算でき、売り手と買い手のどちらが計算しても同じ数字に近づくため、中小企業のM&Aで使われやすい方法です。
②インカム・アプローチ(DCF法など)
「将来生み出すキャッシュフロー」に着目する方法です。将来の事業計画を基に現在価値へ割り戻すため計算が複雑で、精度は事業計画の確からしさに依存します。事業計画の裏付けが取りにくい中小企業では、補助的な位置づけになります。
③マーケット・アプローチ(類似会社比準法など)
「似たような上場企業や取引事例」と比較して決める方法です。考え方は客観的ですが、中小企業と規模・事業構成が近い上場企業を探すのが難しいため、参考値として使われる程度です。
どの方法を使っても、出てくるのは交渉の出発点です。買い手が別のアプローチで計算した数字を出してきたときに、何を根拠にした金額なのかを聞き返せるようにしておくと、議論が噛み合います。
4. 価格を左右するのは「数字」だけではない
計算式はあくまで目安です。実際の交渉では、数字に表れない要素が価格を大きく左右します。
【プラス査定になる要素】
- 従業員が若くて定着率が高い
- 独自の技術や特許を持っている
- 特定の取引先に依存していない(顧客が分散されている)
- 経営者が引退後もしばらく手伝ってくれる
【マイナス査定になる要素】
- 社長個人の人脈だけで仕事が回っている(社長が抜けたら売上が落ちる)
- 未払いの残業代がある
- 許認可が引き継げない
- 決算書から実態の収益力が読み取れない
これらは、いずれも「買収後も同じ利益が続くか」という一点に効いてきます。プラス要素は評価年数を伸ばす材料になり、マイナス要素はデューデリジェンスで指摘されて価格の引き下げ材料になります。何が指摘されやすいかはデューデリジェンスで問題が出たらで整理しています。
5. 次にやること
年倍法を使えば、ざっくりとした目安は自分で計算できます。正確な時価純資産の算出や、評価年数が何年と見られるかは相手の見方次第で動きますが、それでも自分の試算を持っているかどうかで交渉の立ち位置は変わります。
次の2つを手元で済ませてください。
- 直近3期分の決算書から、実質営業利益を出し直す — 役員報酬の上乗せ分、オーナー個人に関わる費用、一過性の損益を調整します。この数字は、価格の根拠であると同時に、買い手からの質問に答えるための資料にもなります。
- 評価年数を2年と5年に置いて、価格を幅で出す — 1つの数字ではなく幅で持っておくと、提示された金額がどのあたりに位置するのかを判断できます。
この幅が出ていれば、「思っていたより高く売れそうだ」「今のままでは安いので、あと1年かけて数字を整えよう」という判断が自分でできます。この幅は、依頼先を検討するときの前提にもなります。仲介会社には最低報酬が設定されていることがあり、試算した金額が小さいほど手取りに占める負担は重くなるため、費用の決まり方はM&A仲介会社とプラットフォームの比較で確かめられます。譲渡の方法によって手取りの計算も変わるため、株式譲渡と事業譲渡の違いもあわせて確認しておくと、比較の前提が揃います。