M&A概観

「うちは売れない」は思い込み?廃業を考える前に知っておきたい、赤字・債務超過企業のM&A売却術

赤字や債務超過を理由に廃業を選ぶ前に、買い手が決算書のどこを見ていないかを整理します。廃業にかかる支出と、譲渡した場合に残るものを同じ土台で並べ、自社に売却の可能性があるかを判断するための記事です。

公開 更新 カテゴリ M&A概観 読了目安 約6分

編集 M&A攻略ガイド編集部

「うちは売れない」は思い込み?廃業を考える前に知っておきたい、赤字・債務超過企業のM&A売却術について、契約・財務・業務資料を確認する経営者と担当者
企業資料と評価図を使ってM&A支援会社を比較する編集イラスト

この記事の前提

想定読者
中小企業の経営者・後継者など、M&Aや事業承継を検討している方
読了後の状態
この記事のテーマについて、自社の状況に当てはめて判断できる状態
作業着の経営者とスーツ姿の担当者が机を挟んで握手している様子

「後継者がいない。業績も芳しくない。自分の代で会社を畳もう(廃業しよう)と思っている」

この2つが重なると、結論は廃業に傾きます。資金繰りに余裕がないほど、決断は早くなります。

特に、創業から長く続いている企業ほど、「自分の責任で綺麗に終わらせたい」という思いから、M&A(第三者承継)を検討する前に廃業を選んでしまうことがあります。

ただ、その判断を下す前に確かめておくことがあります。 「赤字だから」「債務超過だから」という理由だけで廃業を選ぶと、比較していない選択肢を残したまま決めることになります。

ここでは、赤字・債務超過の会社に買い手が付くときに何が評価されているのか、そして廃業と譲渡のどちらが自社にとって有利かをどう比べるのかを整理します。

1. 「廃業」には想像以上にお金と気力がかかる現実

まず、現実的なお話をしましょう。
会社を畳む(廃業する)というのは、ただ鍵を閉めれば終わりではありません。実は、会社を続けること以上に、辞めることにはエネルギーとキャッシュが必要になります。

  • **在庫・設備の処分費:**商品や機械を廃棄または売却する手間とコスト。産業廃棄物として処理が必要なものがあると、量と品目で費用が動きます。
  • **原状回復費:**テナントや工場を借りている場合、スケルトンに戻す費用。面積と設備の造り込み具合で変わります。
  • **従業員への対応:**解雇予告手当や退職金の支払い。人数と勤続年数で決まります。
  • **手続きそのものの費用:**解散・清算の登記、官報公告、税務申告など、専門家に依頼する部分の報酬が発生します。
  • **借入金の返済:**これが最大の問題です。法人としての借入が残っている場合、連帯保証人である経営者個人が返済を迫られます。

「会社を畳んだら、手元に借金だけが残った」という事態は珍しくありません。
だからこそ、**「借金ごと引き継いでもらう(株式譲渡)」**というM&Aの選択肢を、廃業を決める前に検討する必要があるのです。

2. 赤字・債務超過でも「買い手」がつく3つの理由

「うちは赤字だし、借金もある。こんな会社を欲しがる人なんていないだろう」

そう考えて検討を止めてしまうことがありますが、買い手企業(譲受企業)は、決算書の数字「だけ」を見ているわけではありません。以下のような要素があれば、赤字でも評価される可能性があります。

①「時間」を買いたい

新規事業を立ち上げるには、許認可の取得、人材採用、顧客開拓など、膨大な時間がかかります。
長年の事業で積み上げてきた**「許認可」「ベテラン従業員」「既存の顧客リスト」**は、買い手にとってはお金を払ってでも手に入れたい「時間の短縮」なのです。

②「拠点」が欲しい

特定の地域に強みを持つ企業や、立地の良い店舗・工場を持っている場合、エリア拡大を狙う企業にとって検討対象になります。

③「技術・ノウハウ」が欲しい

決算書には載らない「職人の技術」や「特殊な加工ノウハウ」、「地域での信用(のれん)」が、M&Aにおける評価の中心になることがあります。

3. 廃業コスト vs M&A手数料!どちらが得か?

ここで簡単な比較をしてみましょう。

【A:廃業する場合】
費用は出ていく一方です。在庫と設備の処分、原状回復、従業員への支払い、清算手続きの費用。金額は、借りている不動産の広さ、設備の量、従業員数、在庫の性質で大きく動きます。そのうえ、借入金が残っていれば連帯保証人である経営者個人に返済が残ります。
結果:手元の資産がマイナスに振れるリスクがある。

【B:M&Aで譲渡する場合】
M&Aにも手数料はかかりますが、成功報酬型であれば、成約しなかったときの持ち出しは抑えられます(着手金や中間金の有無で変わるため、契約前に発生時点を確認してください)。さらに、借入金の連帯保証から外れられる場合があり、条件次第では退職慰労金や株式譲渡益が手元に残ります。
結果:マイナスがゼロになる、あるいはプラスに振れる可能性がある。

どちらが有利かは、廃業に必要な支出と、譲渡で見込める手残りの差で決まります。片方だけを試算して廃業を選ぶと、比較しないまま決めたことになります。手数料の構造はM&A仲介会社とプラットフォームの比較、保証の外し方は経営者保証を外す手順で整理しています。

4. 赤字でも買い手がつく会社に共通する構図

赤字企業が売却できるとき、買い手が評価しているのは損益計算書ではありません。 どういう要素が評価されるのかを、構図として整理します。

買い手が見ているもの 具体例 赤字でも評価される理由
技術・製造能力 特定の加工技術、内製している工程 自社で立ち上げるより買うほうが早い
その工程を回せる技能者、資格保有者 採用市場で確保できない
許認可・免許 建設業許可、運送業許可、各種登録 取得に年単位の時間がかかる
顧客・取引口座 大手との継続取引、指定業者の地位 新規参入では口座が開けない
立地・設備 用途地域上の優位、償却済みの設備 同等のものを新規に用意できない

赤字の原因が「価格競争で利幅が消えている」「固定費が重い」といった、 買い手側の販路や間接部門に載せ替えれば解消する種類のものであれば、 買収後に黒字化する前提で評価されることがあります。

逆に、赤字の原因が需要そのものの消滅である場合は、上の要素があっても値が付きにくくなります。 自社がどちらなのかは、決算書ではなく「何を持っているか」の棚卸しで判断します。

この整理は、公開されている中小企業のM&A実務の一般的な考え方をまとめたものです。 当サイトは仲介・助言業務を行っておらず、個別案件の成約事例を扱うことはありません。

5. 重要:売却を成功させるために、今すぐやるべきこと

もし少しでも「売却」の可能性を探りたいなら、今すぐやるべきことは**「財務の見える化(磨き上げ)」**です。

買い手企業が最も嫌がるのは「赤字」そのものではなく、**「実態が見えないこと」**です。
「なぜ赤字なのか」「役員報酬や交際費を除けば、本業は儲かっているのか(実態収益力)」を明確にし、説明できるように整理しておく必要があります。

具体的には、決算書の数字を次のように組み替えます。オーナー個人の都合で計上している費用(役員報酬の上乗せ分、生命保険料、社用車や交際費のうち事業と切り離せるもの)を戻し、一過性の損益を除き、その期に本業がいくら稼いだのかを出します。この調整後の利益が、価格算定の土台になります。

この作業は、金融機関に説明するときの資料づくりとほぼ同じ内容です。顧問税理士や、企業の財務を扱う支援機関に依頼できる範囲でもありますが、どの調整をなぜ行ったのかを経営者自身が説明できる状態にしておかないと、買い手からの質問で止まります。

6. 次にやること

「廃業」は、他の選択肢を検討し尽くしたあとの最後の手段です。長年続いてきた会社には、決算書の数字だけでは測れない要素が残っていることがあります。

売れるかどうかを判断する前に、次の2つを手元で作ってください。

  1. 「何を持っているか」の棚卸しを1枚に書き出す — 許認可、資格保有者、取引口座、設備、立地。第4章の表の項目に沿って、自社に当てはまるものを並べます。ここに書けるものが多いほど、赤字であっても検討対象になります。金額の目安の立て方は会社の値段(企業価値)の計算方法で確認できます。
  2. 廃業した場合の支出と、譲渡した場合に残るものを、同じ紙に並べる — 処分費・原状回復・退職金・借入残高と、想定される譲渡価格・手数料・保証の扱い。金額が確定していなくても、項目を並べるだけで比較の土台になります。

この2つがあれば、金融機関にも家族にも、同じ資料で話ができます。承継先には親族・従業員・第三者という3つの経路があり、株式の代金を誰が用意するかがそれぞれ違います。自社が今どれを検討できる状態にあるかは、事業承継の3つの選択肢で確かめてください。