M&A(企業の合併・買収)を検討する際、「どの会社を買うか」「いくらで売るか」といった入り口の議論ばかりに目が行きがちです。
しかし、真に成功する経営者や投資家は、M&Aの検討段階からすでに「出口戦略(Exit Strategy)」を明確に描いています。
「出口」とは、最終的にその事業をどう着地させるかというゴール地点のことです。ここが曖昧なままM&Aを進めるのは、地図を持たずに航海に出るようなものです。
本記事では、認定経営革新等支援機関の視点から、M&Aにおける主要な出口戦略のパターン、そして売り手・買い手それぞれにとっての戦略的なExitの描き方を詳しく解説します。

1. M&Aにおける主な「出口戦略(Exit)」のパターン
まずは、一般的な企業が目指す主な出口戦略の選択肢を整理します。
① IPO(新規株式上場)
株式市場に上場し、不特定多数の投資家から資金調達を行う方法です。
- メリット: 莫大なキャピタルゲイン(株式公開益)が得られる。知名度・社会的信用が飛躍的に向上する。
- デメリット: 厳格な審査基準をクリアする必要があり、準備に数年単位の時間と多額のコスト(監査費用など)がかかる。上場後も株主への説明責任など重い負担が続く。
② M&Aによる売却(バイアウト)
自社や事業を他の企業や投資ファンドに売却する方法です。IPOよりも現実的で、現在主流のExit手法です。
- 株式譲渡: 会社のオーナーシップ(株式)をそのまま他社へ譲渡する。手続きが比較的簡便で、創業者利益の税率が低い(約20%)メリットがあります。
- 事業譲渡: 会社の一部門や特定の事業だけを切り出して売却する。売り手は会社を残せる一方、売却益には法人税(約30%〜)がかかります。
③ MBO(マネジメント・バイアウト)/ EBO(エンプロイー・バイアウト)
現在の経営陣(MBO)や従業員(EBO)が、金融機関などから資金を調達して自社の株式を買い取り、オーナー経営者となる方法です。
- メリット: 第三者への売却と異なり、経営方針や企業文化を維持しやすい。後継者不在問題の解決策としても有効です。
2. 【買い手の戦略】買った会社をどうするか?
会社を買収する側(買い手)にとって、M&Aは「投資」です。投資である以上、どのように回収し、利益を確定させるかというExit戦略が不可欠です。
戦略A:インカムゲイン狙い(長期保有・自社への統合)
買収した事業を自社のグループに組み込み、長期的に保有し続ける戦略です。
- 目的: 本業とのシナジー効果による売上拡大、安定したキャッシュフローの獲得、市場シェアの拡大など。
- Exitの形: 明確な売却は想定せず、グループ全体の企業価値向上を通じて、将来的な自社のIPOや株価上昇につなげる。
戦略B:キャピタルゲイン狙い(バリューアップして再売却)
プロの投資ファンド(PEファンド)や、M&A巧者の経営者が採る戦略です。「安く買って、高く売る」を実践します。
- プロセス:
- 割安に放置されている企業や、再生の余地がある企業を買収する。
- 経営陣の派遣、コスト削減、不採算部門の整理、DX化などの経営改善(バリューアップ)を集中的に行う。
- 数年後(通常3〜5年程度)、企業価値が向上したタイミングで、他の事業会社やファンドへ高値で売却する。
- ポイント: 第9回で解説したPMI(買収後の統合作業)の成否が、再売却価格に直結します。
3. 【売り手の戦略】売った後、どう生きるか?
会社を売却する側(売り手)にとって、Exitは「経営者人生の集大成」であり、次のステージへの出発点でもあります。
戦略C:ハッピーリタイア(FIRE)
M&Aで得た多額の創業者利益(現金)を元手に、引退生活に入る生き方です。
- ポイント: 売却益を不動産投資や金融資産運用に回し、安定した不労所得を得ることで、経済的な不安のない自由な生活(Financial Independence, Retire Early)を実現します。税理士と連携し、売却前の段階から税金対策を講じて手取り額を最大化することが重要です。
戦略D:連続起業家(シリアル・アントレプレナー)
売却益を次のビジネスの種銭(たねせん)にする生き方です。「0→1」の事業立ち上げが得意な創業タイプに多く見られます。
- ポイント: 一度Exitを経験すると、「どういう会社が高く売れるか」という逆算の視点を持てるため、次の起業の成功確率が格段に上がります。M&Aを繰り返すことで、「わらしべ長者」のように扱う事業規模を拡大していく経営者も増えています。
戦略E:エンジェル投資家・顧問
自らは第一線を退き、豊富な資金と経験を活かして、若手起業家への投資や経営アドバイスを行う立場になる生き方です。
4. Exit戦略を成功させるための鉄則
どのようなExitを目指すにせよ、成功のために共通するポイントがあります。
①「入り口」から「出口」を意識する
会社を買う時点、あるいは起業する時点で、「将来どういう形でExitするのか(誰に、いくらで売るのか)」を想定しておくことです。出口から逆算することで、今やるべき経営課題が明確になります。
② 企業価値の「見える化」を怠らない
いざ売却しようとした時に、決算書が粉飾されていたり、契約書が整備されていなかったりすると、どんなに良い事業でも値がつきません。常に「いつデューデリジェンス(買収監査)が入っても大丈夫」な状態にしておくことが、高値売却の条件です。
③ タイミングを見極める
M&Aの価格は、市場の景気動向や業界のトレンドに大きく左右されます。自社の業績がピークの時、あるいは業界全体に追い風が吹いている時が、ベストなExitのタイミングです。
まとめ:戦略的なExitが次の成長を生む
M&Aは、企業の成長サイクルを加速させる強力なエンジンです。 そして「Exit」とは、そのエンジンの出力を最大化し、次のステージへとエネルギーを変換する重要なプロセスです。
漠然と経営を続けるのではなく、明確な出口戦略を持つことで、あなたのビジネスはより強固なものになります。
まずは、M&A市場でどのような会社が、どのような形でExit(売買)されているのか、情報収集から始めてみてはいかがでしょうか。



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