「M&Aで会社を売却すれば、借金の個人保証から解放される」 多くの経営者がそう信じて、M&Aの門を叩きます。しかし今、その切実な願いにつけ込む「悪質な買い手」によるM&A詐欺が急増しています。
特に被害が深刻なのが、「会社は売ったのに連帯保証が外れず、会社資産だけ持ち逃げされ、最終的に売主が借金を背負わされる」というケースです。中小企業庁も注意喚起を行うこの手口は、一度引っかかると取り返しがつかない事態に陥ります。
本記事では、認定経営革新等支援機関の視点から、この詐欺の手口の全貌と、絶対に見抜くための防衛策を徹底解説します。「自分は大丈夫」と思わず、必ず確認してください。

1. 【実例】「資産の持ち逃げ」詐欺の恐ろしい手口
M&A詐欺の中でも最も悪質なのが、会社の中身(現預金)だけを抜き取り、借金を元の経営者に押し付ける手口です。一般的な流れは以下の通りです。
① 甘い言葉で近づく
業績が横ばい、あるいは少し資金繰りに苦労している企業に対し、見知らぬ「投資会社」や「コンサルティング会社」からM&Aのオファーが届きます。
- 「御社の将来性を高く評価します」
- 「負債があっても、現預金があればその分を考慮して1株1円などで引き取ります」
- 「従業員の雇用は守ります」
② 「連帯保証は後で外す」という罠
通常、株式譲渡と同時に、銀行借入の連帯保証人(経営者保証)を買い手側に切り替える手続きを行います。 しかし、詐欺業者はこう言います。 「銀行の審査に時間がかかるので、まずは株式譲渡(クロージング)を先に済ませましょう。保証の切り替えは、新経営陣が責任を持って事後に行います」
早く楽になりたい売り手は、この言葉を信じてハンコを押してしまいます。これが地獄の入り口です。
③ 会社資産の「抜き取り」
経営権が移ったその日から、買い手(新経営者)は会社の現預金を動かせるようになります。彼らは即座に以下の行動に出ます。
- 多額の「役員報酬」や「経営指導料」名目で資金を外部へ送金。
- 関連会社への「貸付金」として資金を移動。
- 会社の資産(不動産や在庫)を不当な安値で売却。
④ 連絡不通・計画倒産
会社から現預金がすっからかんになったタイミングで、新経営者は音信不通になります。当然、銀行への返済もストップします。
⑤ 元経営者に請求が来る
返済が滞ると、銀行は連帯保証人である「元の経営者(あなた)」に請求を行います。「保証を外す」という約束は、銀行との間では何の効力も持たない口約束に過ぎないからです。 結果、会社も失い、資産も抜かれ、借金だけが手元に残るという最悪の結末を迎えます。
2. なぜ騙される?詐欺師が使う「心理的トリック」
冷静に考えれば怪しい話ですが、渦中にいると見えなくなる理由があります。
- 「なんとかして廃業を避けたい」という焦り 後継者がいない、資金繰りが苦しいといった状況下では、「誰でもいいから引き継いでほしい」という心理が働き、相手の素性調査がおろそかになりがちです。
- 「デューデリジェンス(買収監査)なし」のスピード感 まともな買い手なら数ヶ月かけて行う監査を「御社を信用しているので不要です」「最短2週間で現金化できます」と省略します。これを「好意的な買い手」と勘違いしてしまうのです。
- 弁護士などの専門家を入れさせない 「専門家を入れると手数料が高くなる」「仲介会社だけで完結させればスムーズ」などと言いくるめ、第三者のチェックを拒みます。
3. 絶対に契約してはいけない「危険な買い手」の特徴5選
以下の特徴に1つでも当てはまる場合、即座に交渉を中止してください。
- 「連帯保証の解除」を契約の前提条件(クロージング条件)にしない 「努力します」「善処します」は詐欺師の常套句です。「解除されなければ株は渡さない」と言って嫌がる相手は黒です。
- デューデリジェンス(DD)をほとんどしない 中身を見ずに会社を買う経営者はいません。見ないのは「中身(事業)」ではなく「金庫(現預金)」しか見ていない証拠です。
- 会社の住所がバーチャルオフィス、または実態がない 買い手企業の登記簿謄本を必ず取ってください。本店所在地がレンタルオフィスだったり、設立から間もない法人の場合は極めて危険です。
- 「株式譲渡代金の分割払い」を提案してくる 「手付金だけ先に払い、残りは事業収益から払う」という提案も危険です。会社を乗っ取った後、残金が支払われることはありません。
- 相場よりも明らかに高い金額、または条件が良すぎる 赤字企業や債務超過スレスレの企業を、好条件で買いたがる理由はありません。裏があると考えましょう。
4. 被害に遭わないための「鉄則」
M&Aで不幸にならないために、必ず以下の対策を講じてください。
- 鉄則①:連帯保証解除の確約がないまま印鑑を押さない 株式譲渡契約書(SPA)には、必ず「連帯保証の解除」または「解除できない場合の重い違約金条項・契約解除条項」を入れる必要がありますが、それでも防げないケースがあります。最も確実なのは、銀行担当者を交えて「同時に」手続きを行うことです。
- 鉄則②:買い手の「本人確認」と「資金力証明」 相手の名刺やHPだけでなく、商業登記簿、決算書を確認しましょう。「誰が株主なのか」「資金源はどこか」が不透明な相手は避けてください。
- 鉄則③:セカンドオピニオンを持つ 仲介会社が「早く契約しましょう」と急かしてくる場合、その仲介会社自体が買い手とグル(あるいは知識不足)の可能性もあります。必ず利害関係のない弁護士や認定支援機関に契約書のリーガルチェックを依頼してください。
まとめ:M&Aは「相手選び」が9割
M&Aは結婚に例えられますが、悪意ある詐欺師と結婚してしまえば、待っているのは破滅だけです。 「経営者保証が外れる」というのはM&Aの最大のメリットの一つですが、それを餌にした詐欺が横行しているのが現実です。
「うちは大丈夫かな?」「この買い手、少し様子がおかしいな」 そう感じたら、契約書にサインする前に、まずは当サイト(または専門家)にご相談ください。あなたの会社と、あなた自身の人生を守るために、慎重すぎるほどの確認が必要です。
(YouTube動画へのリンク)
動画でさらに詳しく事例を学びたい方は、以下も参考にしてください。 ルシアンHDのM&A詐欺疑惑 ※TBS NEWS DIGによる、実際に起きたM&Aトラブル(ルシアン社問題)の報道です。手口の理解に役立ちます。
中小企業庁が「ルシアン社」を紹介した15の仲介会社に注意 中小企業のM&Aをめぐりトラブルが相次いでいる問題|TBS NEWS DIG – YouTube
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