前回の記事では、M&Aを進める場として「プラットフォーム」と「仲介会社」の比較を行いました。 特に中小規模の案件では、コストを抑えられるM&Aプラットフォームの利用が主流になりつつあります。
しかし、いざプラットフォームに自社(事業)を登録しても、 「全然問い合わせが来ない…」 「閲覧数はあるのに、実名開示請求(=もっと詳しく知りたいという申し込み)に繋がらない…」 という悩みを抱える売り手経営者は少なくありません。
その原因の9割は、「ノンネームシート(案件概要書)」の書き方がイマイチだからです。
第8回となる今回は、買い手候補が最初に目にする「ノンネームシート」で、自社の魅力を最大限に伝え、問い合わせを激増させるための書き方のコツを、認定経営革新等支援機関の視点から具体的に解説します。
1. ノンネームシート(案件概要書)とは何か?
ノンネームシート(別名:ティーザー、案件概要書)とは、M&Aプラットフォーム上で公開される、「企業名や住所などの特定情報を伏せた状態の、事業概要資料」のことです。
買い手は、数多くの案件の中から、まずこのノンネームシートだけを見て「この会社に興味があるか?」「実名を知って、もっと詳細な検討に進みたいか?」を判断します。
なぜ重要なのか?=「お見合い写真」と同じ
M&Aを「お見合い」に例えるなら、ノンネームシートは「プロフィール写真と自己紹介文」にあたります。
ここで「暗い」「魅力がない」「条件が悪そう」と思われてしまえば、どんなに素晴らしい中身(事業)を持っていたとしても、その先の実名交渉には絶対に進めません。
多くの売り手が、ここを適当に書いてしまい、非常にもったいない機会損失を起こしているのです。
2. 買い手はここを見ている!問い合わせが増える3つの鉄則ポイント
では、買い手(買収を検討している企業や個人)は、ノンネームシートのどこを見て判断しているのでしょうか? 重要なのは次の3点です。
鉄則①:「譲渡理由」はポジティブに変換せよ
買い手が最も警戒するのは「何か隠れた問題があるから手放すのではないか?」という点です。 「業績不振のため」「経営に疲れたため」といったネガティブすぎる理由は、そのまま書くと敬遠されます。嘘をつくのはNGですが、表現をポジティブに変換しましょう。
- × ネガティブな例: 売上が下がってきて、資金繰りが厳しいため。
- 〇 ポジティブな変換例: 主力事業への「選択と集中」のため、ノンコア事業である本事業を譲渡します。(※実際に他に事業がある場合)
- 〇 ポジティブな変換例: 後継者不在のため、自社の技術リソースを活用し、さらなる成長を実現してくれるパートナー企業様への譲渡を希望します。
鉄則②:「強み・アピールポイント」は数字と事実で語れ
「アットホームな職場です」「お客様に愛されています」といった抽象的な表現は、M&Aの場では評価されにくいです。買い手は投資家目線で見ています。具体的な「数字」や「客観的事実」で強みを語りましょう。
- × 抽象的な例: 質の高いサービスを提供しており、リピーターが多いです。
- 〇 具体的な例: 業界平均のリピート率が30%の中、当社はリピート率75%を維持しています。特に〇〇の分野では地域No.1のシェアを持っています。
鉄則③:「希望条件」は相場から乖離させるな
ここが最も重要かもしれません。どんなに良い案件でも、希望譲渡価格が市場相場からかけ離れて高すぎると、買い手は「この経営者は相場を知らない。交渉が難航しそうだ」と判断し、スルーします。
第5回で解説した「バリュエーション(企業価値評価)」の考え方を参考に、現実的な価格設定を行いましょう。プラットフォームによっては、登録時に簡易査定をしてくれる機能もありますので、活用するのがおすすめです。3. 【実例で比較】ダメな書き方 vs 良い書き方(製造業編)
具体的に、「年商3億円規模の金属部品加工メーカー(製造業)」の譲渡案件を例に、ノンネームシートの書き方を比較してみましょう。
【Bad】問い合わせが来ない「ダメな書き方」例
■事業概要 関東で金属加工業を営んでいます。長年の実績があり、固定客も多いです。熟練の職人が在籍しており、技術力には自信があります。後継者不在のため譲渡を希望します。
■アピールポイント
- アットホームな社風で離職率が低いです。
- 大手企業との取引実績もあります。
- 機械設備も一通り揃っています。
<ここがダメ!>
- 全てが抽象的: 「長年の実績」「技術力に自信」「大手との取引」など、耳触りの良い言葉が並んでいますが、具体的な事実が一つもありません。買い手は「本当か?」と疑ってしまいます。
- 自社の強みが不明確: 他の同業他社と比べて何が優れているのか(短納期対応なのか、特殊素材の加工なのか等)が伝わりません。

【Good】問い合わせが殺到する「良い書き方」例
■事業概要 関東圏に拠点を置く、創業35年の金属プレス加工・板金加工メーカーです。主に自動車関連部品、産業用機械部品の試作から量産までを手掛けています。
【主要財務数値(直近期)】
- 売上高:約3億2,000万円
- 営業利益(実質):約2,500万円(※役員報酬調整後)
- 純資産:約1億5,000万円
■アピールポイント(強み・特徴) 1.安定した優良顧客基盤 東証プライム上場の大手メーカー3社を含む、約50社との継続取引があります。上位5社で売上の約60%を占めていますが、口座自体は分散されており、特定の1社への過度な依存はありません。
2.高難度加工に対応できる技術力と設備 他社では敬遠されがちな「深絞り加工」や「難削材(チタン・ハステロイ等)の加工」を得意としており、これが高収益の源泉となっています。5軸マシニングセンタを含む主要設備は適切にメンテナンスされており、譲渡後も即戦力として稼働可能です。
3.熟練技術の承継体制 平均年齢は45歳と業界平均より若く、勤続10年以上の熟練工(4名)が、若手社員への技術指導を体系的に行う仕組みが整っています。譲渡後も、現社長は顧問として一定期間の引き継ぎサポートが可能です。
【譲渡理由とシナジーの可能性】 オーナー社長の高齢化に伴う事業承継が目的です。 当社の高い加工技術と、買い手様の営業力や資本力を組み合わせることで、既存顧客への深耕拡大や、新分野(航空宇宙・医療機器等)への進出が可能になると確信しており、そのような成長意欲のあるパートナー様との提携を希望します。
<ここが良い!>
- 数字で語っている: 売上、利益、創業年数、取引社数、従業員の状況などが具体的な数字で示されており、事業規模と実態が一目でわかります。
- 「なぜ強いのか」が明確: 単に「技術力がある」ではなく、「難削材加工ができるから強い」という理由が具体的に書かれています。
- リスク情報も開示: 「上位5社で売上の60%」という情報(顧客集中リスク)をあえて開示しつつ、「過度な依存はない」と補足することで、買い手の不安を先回りして解消しています。
- 譲渡後の「未来」を提示: 単なる売却ではなく、「買い手にとってどんなメリット(シナジー)があるか」まで言及されており、戦略的な買い手の興味を引きつけます。

いかがでしょうか。同じ会社の紹介でも、書き方一つでこれだけ印象が変わります。 買い手は、Good例のような「具体的で、情報密度が高く、将来性を感じるノンネームシート」を求めているのです。

4. 自分で書くのが不安なら「プロのサポート」を頼ろう
「良い書き方はわかったけれど、自分のビジネスを客観的に見て魅力的に書く自信がない…」
そう思う方も多いでしょう。自分のことほど、冷静に見るのは難しいものです。
そんな時は、M&Aプラットフォームが提供している「サポート機能」を積極的に活用しましょう。多くのプラットフォームでは、以下のようなサービス(有料・無料あり)を提供しています。
- 案件登録サポート:専門スタッフがヒアリングを行い、魅力的なノンネームシートを代筆してくれる。
- 簡易バリュエーション:適正な譲渡価格の目安を算出してくれる。
多少の費用がかかったとしても、それによって良い買い手と巡り会い、数百万円高く売れるのであれば、十分に元は取れます。
我々のような認定経営革新等支援機関も、ノンネームシートの作成支援を行っておりますので、お気軽にご相談ください。
まとめ
ノンネームシートは、あなたの事業の「価値」を伝える最初のプレゼン資料です。
- ネガティブな譲渡理由はポジティブに変換する。
- 強みは抽象的な言葉ではなく「数字」で語る。
- 相場から乖離しない適正価格を設定する。
この3点を意識するだけで、買い手からの反応は劇的に変わります。 面倒くさがらず、魂を込めてノンネームシートを作成し、理想の相手との出会いを引き寄せましょう。
次回の予告
次回は、無事に買い手が見つかり、M&Aが成立した後の超重要プロセス、「PMI(買収後の統合作業)」について解説します。M&Aはゴールではありません。買収した事業をどう引き継ぎ、どう成長させていくか?失敗しないための統合作業のポイントをお伝えします。


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